2013年4月19日、ニューヨーク州アルバニー。
「ニューヨーク州教育庁は、大幅な教育予算削減への対応策として、何億もの資金を生み出す可能性を持った公立学校の新たなプログラムを発表した。(中略)ニューヨーク州教育庁舎で金曜日に行われた記者会見で、教育長官のジョン・キング博士は満面の笑みで説明した。「多くの学区が貧窮する中、ニューヨーク州では映画業界にならい、州や地区の学力テストを用いて企業が年間を通して宣伝活動を行えるよう許可することにしました。」キング教育長官の説明によれば、ハリウッド映画の仕組みと同じように、企業は会社名及び商品名をテストの中にて演出する権利を買えるようになるという。」[i]
今年の4月、こんな記事がネット上を駆け巡った。「アメリカの公教育の民営化はここまで進んでいるのか」とあなたは驚いただろうか。それとも、「どうせデマだろ」と見事に見抜いただろうか。だが、実はこれ、単なるデマではない。脚色してあるものの、ある事実に基づいた巧妙なデマだからだ。その前日、ワシントンポスト[ii]、ニューヨーク(以下NY と省略)ポスト[iii]等の新聞社が、NY 州統一学力テストの8年生の英語の試験で、IBM、レゴ(LEGO)、MUG ルートビア、など、少なくとも6社程の会社名またはブランド名が不必要に問題に盛り込まれていたというニュースを報じた。州教育庁は、テストの傾向対策を防ぐという理由で、これらの学力テストの公表を拒否しているが、取材を受けた生徒たちによると、問題とは全く関係のない特定の商品や企業名がトレードマーク付きで載っており、欄外には、「○○はルートビアの大手ブランドです」など、商品の説明文まで添えられていたという。テストを作成したピアソン・エデュケーション(Pearson Education)は、これは州が新たに取り入れた全米共通学力基準4に対応した初めてのテストで、日常的に使われる文章を分析する能力をテストするため、ブランド名などが出てくることは避けられないと釈明した…。
この12月から4回に渡ってアメリカ公教育の崩壊について、季刊誌『人間と教育』(民主教育研究所)にて連載させて頂くことになった。上記の文は、その第1回(人間と教育80号 『企業の企業による企業のためのアメリカ教育「改革」 〜アメリカからの警告〜』 12月10日発売予定)からの抜粋で、元はといえば今年の夏、『2030 ビジョン 教育フォーラム』に呼んで頂いた際に行った講演の一部を掘り下げたもの。世界最大のテスト会社ピアソンによる子どものテストを使った営業活動や政治との癒着から見えてくる、企業の営利目的に動かされるアメリカの公教育政策を描いた。
実は、そのピアソンが、2015年から経済協力開発機構(OECD)の国際学習到達度調査(PISA—ピサ)のテスト作成を担当する。もはやピアソン帝国はアメリカだけでなく、世界をも飲み込もうとしている。近年、ピサの日本における影響力が強まってきていると感じている人も少なくはないと思うが、ピアソン参入後の影響力の拡大は、きっと桁違いになるだろう。
幾つかのことが予測できる。一つは、ピアソンが様々な手で国際的な競争を煽ること。政治との癒着を通し、参加国も確実に増やしてくるだろう。また、「ピサ型学力」に合わせた教材、模擬試験、カリキュラム、データシステム等の開発を徹底的に行い、国レベルでの販売攻勢をしかけるだろう。そして、各国の教育省や経団連のような団体とタイアップして、各国の教育政策のコンサルティングや、全国学力テストや国の指導要領さえもピサ
型学力に準ずるよう圧力をかけてくるかもしれない。
この悪しき流れが日本に来るかどうかは、日本がいかに腰を据えてPISA に対応できるかにかかっている。ちょうど今日から2日後の12月3日、OECDがPISA2012 の結果を発表する予定になっている。結果が悪かった場合、一番危ないのは、一部の政治家がメディアを煽って、ショックドクトリン(クライン, 2007)の絶好の機会とし、その結果を「PISA ショック」に作り上げ、社会的麻痺を機に理不尽な教育「改革」を実行することだろう。日本では、日経新聞がピアソンと提携している。数日後に発表されるピサの結果を日経新聞がどのように報道するかも、注意して見ておく必要がある。また、日本の結果が良いにせよ悪いにせよ、様々なアジェンダをもつ団体が、自分たちに都合の良いように解釈するであろうことも、念頭に置いておく必要があるだろう。
今、我々に求められているのは、より根源的な問いと向き合うことであるように思う。どんな力が教育を動かしているのか。誰のための、何のための教育なのか。
[ii] http://www.washingtonpost.com/blogs/answer-sheet/wp/2013/04/20/new-standardized-tests-feature-plugs-for-commercial-products/
[iiii] ナオミ・クライン、2007、『ショックドクトリン』
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