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2013年7月22日月曜日

Something Beautiful 9:「俺らはイスラム教徒だから」


マンハッタンにあるコロンビア大学から公園を隔てたハーレムに引っ越してきて、はや4年が経つ。僕はこのコミュニティーが大好きだ。

何よりも、人がいい。

主にアフリカ系アメリカ人主体のコミュニティーだが、セネガルを初めとした西アフリカからの移民も多く、日曜日になるとキラキラと色鮮やかなアフリカの民族衣装に身を包んだ人々が通りを賑わす。それに比べ、アジア人はまだほとんどいない。

僕は、「行きつけの店」を持つのが好きだ。ここら辺でもたくさんある。

ただ、飲食店とは限らない。

南米系のおばさんが営むクリーニング店、Fredrick Douglasと114丁目にあるアフリカ系移民のたまり場のセネガルの食堂、Manhattanと116丁目のデリ(日本でいうコンビニ)、ドイツ人とセネガル人が共同経営するビールの店Bier International(Fredrick Douglassと113丁目)、他にも何件かある。

置いている品物も勿論大事だが、たいていは、人の温かさで選ぶ。

お金を払う時や、料理を待つ時の、ちょっとした会話が嬉しい。コミュニティーの良さを感じるひと時だ。

こんな人間関係が、窮地を救ってくれる時もある。

以前、昼食を買いにセネガルの食堂に寄った時にクレジットカードが使えなかったことがある。ランニングの帰りだったために現金も無く、焦った。もう料理は包んでもらっていたし、困ってしまった。

セネガルおばさんの対応はシンプルだった。

「代金は今度でいいわ。」

そんなことが、他の店でも何回かあった。落とした財布がちゃんと自分の手元に戻ってくることで知られる日本でも、こんなことは珍しいんじゃないだろうか。ニューヨークのような世界有数の大都市にして、こんなにも情緒豊かなハーレムは、とてもスペシャルだ。

つい先ほどもこんなことがあった。

昨年に続き、今年も7月中はボストンで勉強する妻の所に、子ども達を連れて行った。高速バスでボストンからNYに着き、すぐタクシーを拾った。

いざカードで支払いをしようとしたら、またしても何らかの理由でカードが使えなかった。運転手さんに頼んで、116丁目のデリまで行ってもらい、ATMで現金をおろすことにした。

カードが使えないのも当然だった。残額が足りなかったのだ。

カードも使えなければ現金も手元になく、タクシーの運転手さんは子ども達と外で待っているという信じられない状態。残された道は一つしかないように思えた。

一か八か、顔見知りのデリのおじさんに、事情を説明してみた。

これこれこういうことで、申し訳ないがお金を貸してくれないだろうか。

イエメン出身のそのおじさんは躊躇せずにこう言った。

“No problem. How much?”

こうして$40彼に借り、無事タクシーの運転手さんに払うことができたのだ。

客が逆に店から金を借りるなんてこと、前代未聞だ。借りておきながら、自分自身、びっくりした。

子ども達をおいて、すぐさま家にあった現金を持っておじさんの所に引き返した。

ついでにビールも買い、「ありがとう」と言って$10手渡そうとした。でもおじさんは頑として受け取らなかった。

そのおじさんの言葉が印象的だった。


“We are Muslims.”
「俺らはイスラム教徒だから。」


アラーの神に感謝したい。



2011年9月21日水曜日

最高の選手宣誓で始まった春

創志学園、野山慎介主将の選手宣誓で始まった


2011年 春の選抜高校野球大会。


記憶に残っている人も多いのではないだろうか。


東日本大震災から半年。


当時の想い、大事にしたい。














2011年4月17日日曜日

ニューオーリンズからの祈り ~ 今しかできない教えと学び 2~

 

 ニューオーリンズから帰って来て、ちょうど今日で一週間が経った。学会に参加するための一週間ほどの小旅行だったが、とても刺激的な時間を過ごしてきた。学会発表の他に、1000のメッセージのチラシを配ったり、スケッチブックにメッセージを書いてもらったり、ローカルの教員組合の会合に参加して、2005年のハリケーン・カトリーナによる被害に便乗して進められた公教育の民営化及び教員の集団解雇の悲惨な実情を聴いたり…。また、希望者のために、ハリケーン・カトリーナの爪跡が未だに残る廃墟化した町並みや復興の最前線を周るバスツアーも企画されており、自分にできることのヒントを求めて僕も参加してきた。


 ハリケーン・カトリーナによって、市内の80%が水没するという未曽有の被害を受けたその地で、強く感じたこと…。それはニューオーリンズの人々が、日本の苦しみを心の底から分かち合っているということだ。


 旅行3日目の朝、印象的な出来事があった。同じく学会に参加していたかおるさん、シンガポールから来たシュリーンとフレンチ・クウォーターを歩いていた時のこと。反対側の歩道で、70代くらいのシスターが立っているのが見えた。車が通るのを待って道路を渡ろうとしているのだろうか。僕らが道路を横断して、彼女の横を通り過ぎようとすると、ふと彼女が話しかけてきた。
 
    あなたたちは日本から来たのですか?


 不意を突かれ、一瞬言葉が出なかったが、慌てて、「そうです」と答えた。シンガポール出身のシュリーンのことを忘れて…。すると彼女は、


   “At our church, we are praying for your country every day.”


   「私たちの教会では、毎日あなたの国のために祈りを差し上げています。」


と、背後にある教会を指差して教えてくれた。ただそれだけを伝えるために僕たちのことを待っていてくれたんだ…。そう思うと、妙に心動かされるものがあった。


 あまりにも短かった会話の余韻に浸りながら、僕らはまた歩き始めた。ふと振り返ると、元気に走ってきた子どもたちを教会に入れてあげているシスターの後姿が見えた。

2011年1月13日木曜日

Something beautiful 8 ~街角のプロフェッショナル~

 バーを出たら外は大雪だった。

一軒目を出た時に降り始めた雪は、いつしか10cm程積っていた。

夜10:30をまわっていただろうか。

その日出会ったばかりの素晴らしい友人に別れを述べ、雪の中を歩いていたら無性に腹が減った。

さっき食べたあの肉厚バーガーはどこへ行ってしまったのか。

途中、一瞬迷ったが、わざわざ110th とColumbusの大きな交差点を渡り、開いてるか開いてないかもわからないピザ屋に立ち寄った。

客は誰もいなく、イスは全て机に上げられていた。



   “Are you guys still open?” (まだ開いてるのか?)



と僕が訊くと、二人いた店員の一人がジャケットを脱ぎながら、“OK.”と気のない返事をした。

スライスをオーダーすると、その店員が一枚切ってオーブンに放り込んでくれた。

白人の30代かと思われる兄ちゃんで、アクセントから察するところではイタリア系の移民だろうか。ハーレムでは珍しい。

何時に閉まるんだ?と訊くと、壁の時計を見て、あと2分だと言った。

住んでるのがここら辺だといいけど、と雪を心配して僕が言うと、ブロンクスだと教えてくれた。

この雪の中ブロンクスまで帰るのかと思うと気の毒になり、それは悪かったと言ってピザをオーブンから出すように伝えた。

すると、彼は迷わずNoと断り、こう言った。



   “Either you do it right, or you don’t.”
(やるんだったら正しくやる、そうでないんだったらやらない、そのどちらかだ。)



 外に出た僕は、歩きながら熱々のピザをほおばった。

 そのピザのおいしかったこと!

2011年1月11日火曜日

Something beautiful 7 ~All god’s children~

 最近、日曜日によく子どもたちをゴスペルに連れて行く。間違いなく、ハーレムに住む醍醐味の一つだろう。僕が行くのは、116thとAdam Clayton Powell Jr. Blvd (7th Ave)の交差点にあるバプティスト教会。次女の美風をスリングに入れ、長女愛音はベビーカー。急いで歩けば10分もかからない。



 この前の日曜日も行った。着いた時には既にミサが始まっていたので、僕らは2階席へ。係の人が気をきかせて、子どもでも見やすい席へ案内してくれた。来ている人たちはほとんど黒人で、白人もパラパラいるが、いかにも観光客らしくキョロキョロしている。アジア人などほとんどいない。僕が愛音の手を引いて入って行くと、皆優しい笑顔で歓迎してくれた。



 音楽が始まると愛音はいつも釘づけになる。盛り上がってくると自然に立ち上がり、拍手したり踊ったりしている。美風も僕の膝の上で敏感に音楽に反応する。



 いつも教会の中はすごい熱気だ。ど迫力のゴスペル隊のエネルギーがすぐに観衆に伝染し、皆歌ったり踊ったり両手を上げて神を崇めたり。牧師の話も、徐々に上がり調子になり、しまいにはマシンガンのようになる。ああ、黒人のラップはここからきたのかとさえ感じさせる。




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 一週間に一度、こうして一堂に集まって、歌を歌い、聖書を読み、神に感謝する…。何度も言うように、僕は特定の宗教を信じてはいないが、こうしてゴスペルに来る度に思うのだ。何てすてきな休日の過ごし方だろう。



 ミサが終わり、3ドルを寄付の封筒に入れ、外に出た。



 帰り道、教会でもらったマーティン・ルーサー・キングJr.牧師のうちわを楽しそうに振る愛音を見て、黒人のおばちゃんが優しく言った。



              “All god’s children.”


2010年11月27日土曜日

愛音とどんぐり 2

 11月のある夕方、ベビーカーを押して近所のスーパーに買い物に行った時のこと。空を見上げると、何とも見事な月が出ていた。


   大裕: 「うわぁ~、愛音見てごらん!」

   愛音: 「あっ、おちゅきしゃま!」

   大裕: 「きれいだねえ」

   愛音: 「おっきい!」


ふと、愛音は太陽と月の関係をどう理解しているのだろうと思い、

   「愛音さ、お月さまは誰のことが好きか知ってる?」 と訊くと、 

   「んと、うんと…。」 と一生懸命考える。


しばらくして僕が、

   「太陽さんだよ」 と言うと、

   「へぇ~」 と感心する愛音。


そして、「それでね、太陽さんもお月さまのことが大好きなんだよ」 
と言うと、愛音のテンションは急上昇し、

「そぅ!あいねちゃんね、
どんぐりさんがすきなの!!」


ほんとに好きなんだなと感心しつつ、僕はまたしても大笑いだ。


そして、

   「そっかあ。でもさ、どんぐりさんは愛音のこと好きなのかな。」

ちょっといじわるっぽく僕が訊くと、すぐさま、



「んと、あしたきいてみる!!」



「あいねちゃんのことすき?」「あいねちゃんのことすき?」 と、どんぐりにかたっぱしから声をかけまくる愛音をリアルに想像してしまった…。


2010年11月23日火曜日

愛音とどんぐり 1



ある晩、ベッドで愛音に姪っ子のまりなの話をしていた時のこと。


  「今年の夏は日本でまりなちゃんにいっぱいおんぶしてもらったね。

  まりなちゃんね、愛音みたいな小さな子がだ~い好きなんだって。

  大きくなったらまりなちゃんのお母さんみたいに幼稚園の先生に

  なりたいんだってよ。」


と僕が言うと、思い出してテンションが上がってきたのか、興奮気味に


「そぅ!あぃねちゃんはね、

おとなになったら

どんぐりになるの!!」 と愛音。



僕が大笑いしながら、


「そっか! でもなんで?」 と訊くと、


「んと、せっかくなのに(だから)!」



う~ん、大人には絶対にまねできない芸術的な子どもの感性…。

そのまま育ってくれー!!

2010年11月17日水曜日

「生きているって楽しい!」 ~ 片岡亮太君のメッセージ ~


 2010年3月12日。妻の大学時代の後輩から一通のメールがあった。彼女の友人が、このたび奨学金を得て一年間アメリカに学びに来ることになり、行く場所や学ぶことを具体的に決めるにあたって相談にのってもらえないかということだった。その「友達」というのが全盲の和太鼓奏者、片岡亮太君だった。

 彼のブログを見た妻が感銘を受けメールしたところ、早速返信があった。「何とかしてあげたいんだけど」と言いながら見せられたそのメールに、僕自身も何か大きなエネルギーを感じ、自分にやれることは何でもしようと決意したのだった。


 この場を借りて少し彼の紹介をしたい。


 片岡亮太君、26歳。生まれつき弱視だったが、10歳で完全に視力を失った。その後、静岡の盲学校に編入。そこでの太鼓と出会いによって人生が大きく変わった。東京の全寮制の高校を経て、上智大学文学部社会福祉学科入学。勉強の一環として訪れた様々な福祉施設で、盲目という障害を抱える社会的弱者である自分に対して、多くのご老人や障害を持っている方々が心を開いてくれることに気付き、自分にしかできないことの可能性を実感し、勉強に励んだ。気付けば同学科を首席で卒業していた。その後、全盲にて和太鼓奏者、そして社会福祉士である自分だからこそ伝えられるメッセージと音楽があるのではという想いから、プロの和太鼓奏者としての道を進むことを決意。現在は日本中で活躍している。




 10月30日、その亮太君が我が家にやって来た。来年1月から僕の通うコロンビア大学ティーチャーズカレッジ(TC)にて科目履修生として入学することが決まり、下見のための訪問だ。


 運が良い…というのはおかしいのかもしれない。今回、彼の留学のために、本当に多くの人たちが動いてくれた。僕が所属する学部の教授たち、Office of International Study Servicesの人たち、TCそしてその他の大事な友人たち、太鼓繋がりの先輩夫婦、こっちで新しく出会った人々…。皆、彼の生き方に共感した人々だと思う。滞在中、何か信じられない幸運に出会うたびに、「今までの生き方は間違ってなかったね」と彼に言ってきた。ぼくたち家族にとっても、彼のおかげで様々な人々の優しさに触れた2週間だった。


 しかし、それらの人たちの協力で、彼にとって本当に贅沢で密の濃い2週間となった。TCの日本人留学生の皆さんの協力を得て、彼の訪問前には「片岡亮太君を応援する会」なるものを立ち上げてあったのだが、彼のウェルカムパーティーには約25名もの人々が参加してくれた。それ以外にも、様々な人たちが忙しいスケジュールの合間を縫って、交代ごうたいで彼のガイドを務めてくれた。TCでの授業見学、教授との面接、図書館での勉強、チャイナタウン見学、TC和太鼓愛好会の練習参加、そこでのパフォーマンス、NYマラソンでの彼らとのコラボ、ハーレムでのゴスペルやジャズの殿堂であるブルーノートでの音楽鑑賞、ブロードウェイでのミュージカル見学、NY在住日本人による子どもたちのプレイグループへの参加、視覚障害者施設や音楽療法センター見学とそこでのジャムセッション、メトロポリタンミュージアム見学、セントラルパークやコロンビア大学散策、アッパーウェストサイドでのディナー、本場ニューヨーカー宅でのホームステイ…。そして、帰国前夜にはTCのInternational Education Weekというイベントのレセプションでとりを務め、人々からstanding ovationを受けた。今回様々な形で支援して下さった多くの方々も応援にいらして下さっており、フィナーレとしてふさわしい、華々しい最後だった。その時の演奏はこちら。



 そして、帰国前日、彼から応援してくれた人たち宛てにありがとうのメールが届いた。

 12日金曜日から二泊三日のDallasでのスケジュールも無事に終え、いよいよ僕の短期NY滞在ももうすぐ終了です。来年一月には帰ってくるとはいえ、寂しい気持ちを隠しきれないのが正直なところです。本当にあっという間、もないほどに、凝縮された濃密で充実した、素敵な時間をすごさせていただきました。TCで学んでおられる方たちはもちろんのこと、それぞれに皆さんがお忙しい日々をすごしているにもかかわらず、僕にお力を貸してくださったおかげです。本当にありがとうございました。心から感謝しています。本日7時から、TCのGrace Dodge Hall (GDH) 179で行われるイベントでの演奏で(僕は20時半くらいの演奏の予定です)、皆さんへの思い、今ここにいられることの幸せを音にこめたいと思っています。お時間がおありな方はお聞きくださるとうれしいです。

 今年2月、ダスキンの奨学金に合格し、どんなチャレンジをしようかと考え、「音楽家であり、障害や福祉についてのメッセンジャーでもある存在でいるために、改めて勉強をしたい」と考え出したことからはじまった新たな歩み。大学時代の友人を通して大裕さん、琴栄さん夫妻と出会わせていただき、Teachers Collegeで障害学を学ぶチャンスを得られたことは、信じがたいほどの偶然の重なりの結果でした。けれど、そのことを心からありがたいと思う反面、話が進めば進むほど、僕の心には、大きなチャレンジが具体性を帯びていく中で生まれる、さまざまな不安が影を落としていました。


 「英会話が得意ではない、大学卒業後は学問にほとんど触れていない、外国も一度しか行ったことがない…、そんな自分に一年間もアメリカでの生活なんてできるのか?でも、奨学金をもらうのだし、自分は何かを伝えていく使命があるはずなのだからがんばらなくてはいけないんだ。」そのような自問自答を何度も繰り返しているうちに、僕の心は自由さを失ってがんじがらめになっていました。何もかもが怖くなってしまい、身動きがとれない日もありました。


 そんなとき、大裕さんからのメールで、皆さんが僕をサポートするために手を上げてくださっているという連絡をいただいたのです。想像もしていなかった出来事に、うれしい気持ちと感謝の気持ちがあふれ、胸が熱くなりました。今も、あのときの不安と、今回皆さんがくださったたくさんの暖かさを思い出すと目が潤んでしまいます。皆さんに伝えるべき感謝の言葉がうまく見つけられないほど、心からありがたく思っています。あのときから、僕の心にはまた大きなエネルギーが戻ってきました。


 こちらに来る直前に、奈良市内にある中学校で公演をさせていただきました。「道を進む」と題し、太鼓の演奏と僕の話を聞いてもらうというものでした。その準備として、中学生に何を伝えたいのかについて考えていた際、改めて僕が歩んできたこれまでの道のりを思い起こしていました。そして、僕が見てもらいたいこと、伝えていきたいことは、「生きていることの尊さと喜び」なのだということに気づきました。


 弱視で生まれ、絵を描く喜びに目覚めた10歳のときに失明し、どうしようもない悔しさや絶望に近い感情を知りました。生きることを止めてしまいたいと思ったこともありました。けれど、11歳で太鼓に出会えたころから、僕の心に新たな光がさし、たくさんの喜びに触れ、たくさんの出会いを経験し、すばらしい出来事を全身で味わうことができる人生をこれまで歩んでこられました。そして、今新たなチャレンジとしてアメリカという大きな舞台に足を進めようとしています。当然、一筋縄ではいかないこともありましたし、それはこれからも同じだとは思います。けれど、それも含めて、「楽しい」と胸をはれる今があることは、間違いなく僕がずっと行き続けてきたからです。生きていればもちろんつらいことにも出会うけれど、最高の幸せにも出会える。小中学生が生きていることをやめてしまう今、僕に伝えられることは、生きることは無限の可能性に満ちているということ、それを言葉だけでとどめないために、僕自身がすべてを楽しんでこれからも生きていきたい。障害学を学ぶことは、使命ではなくて、僕が片岡亮太という人生を楽しむ大きなエッセンスなのだと今は考えています。だからこそ、真剣に取り組もうと強く思っています。


 「生きているって楽しい」というメッセージを伝えていきたいと考えながらすごしたNYでの短期滞在は、輝きに満ちていました。知らなかったこと、知ろうとしていなかったことにたくさん出会えました。皆さんとお話させていただいた言葉の一つ一つが僕の心を楽しくしてくれました。その中で、「片岡亮太はこういう人間だ」とか、「自分の演奏はこういうものでなければいけない」など、気づかないうちに重ね着をしてきたこだわりという服に気づき、それらを脱ぎ捨てることで何もかもを楽しみ、その楽しさをまっすぐに表現したいと考えている自分の心の核の存在を今まで以上に強く意識することができたように思います。「自分の内側を耕してきたい」とダスキンの面接の際に話していたのですが、心の核を覆っていたたくさんのものに気づくことができた今、耕す準備ができたと思っています。一月からの学びのスタートを前に、このような状体に自分を持ってくることができたことを、心からうれしく思います。皆さんが、お忙しい中僕をさまざまなところにガイドしてくださったこと、TC内でお声がけくださったこと、素敵な時間をアレンジしてくださったこと、さまざまな言葉をくださったこと、すべてに感謝しています。ありがとうございました。

 滞在中にすばらしい条件のアパートも見つけることができ、最高のコンディションで一月からのスタートに備えられます!明日帰国し、再びこちらに戻ってくるまでの時間も、たっぷり楽しんで、いよいよ始まるチャレンジを端から端まで楽しく味わいつくす準備をしてきます!ぜひ来年TCなどで僕を見つけてくださったときには、声をかけていただけるとうれしいです。そして、たくさんお話させていただければ幸いです。


 長文にて失礼をしました。NYはこれからどんどん寒くなることと思います。どうかご自愛ください。約二週間、本当にお世話になりました。これからもよろしくお願いします!!


    心からの感謝を込めて

        亮太





 溢れる想いというのは、こういうことを言うのだと思う。帰国前夜、出発の数時間前まで彼と酒を飲んで語っていた時、前回紹介した『第五の山』のquoteを思い出していた。
心に聖なる炎を持つ男や女だけが、神と対決する勇気を持っている。そして彼らだけが、神の愛に戻る道を知っている。なぜならば、悲劇は罰ではなくて挑戦であることを、彼らは理解しているからである。 
 生きることの喜びを伝える亮太君のメッセージと太鼓は、きっと多くの人々の心に響き渡ることだろう。

2010年6月17日木曜日

Something beautiful 6 ~ ビギン 『三線の花』 ~




 僕が夜、子守唄として子どもに歌う歌は、なぜか沖縄や奄美の歌が多い。これもその一つだ。ビギンの歌からは、そこに暮らす人の表情、息づく自然や昔ながらのしきたり、そして何よりも自分を育ててくれた島への愛情が伝わってくる。


 沖縄の人々に島人としてのプライドを与え、彼らからこよなく愛されているビギンが僕も大好きだ。他にも、 『島人(しまんちゅ)の宝』 や 『防波堤で見た景色』 などの名曲がたくさんある。 『オジー自慢のオリオンビール』 のライブ映像は愛音のお気に入りだ。歌に合わせて 「あいねはぎゅーにゅ~でありカンパイっ!」 とやっている姿はなかなか微笑ましい。

 Wishing you a wonderful day...

                                大裕

2010年4月16日金曜日

Something beautiful 5 ~ 「たいようしゃん その2」 ~



セントラルパークで



 前回紹介した「たいようしゃん」、実は他のバージョンが

あることを妻が教えてくれた。

 いつの間にか真っ暗になった窓の外を見て、愛音が言ったそうだ。

   「あれ? たいようしゃん、ねちゃ(っ)たのかな。」


                --------------------


太陽が出ていないということに関しては曇りも夜も変わりはない。
でも、ちゃんと朝と夜の違いが分かっていて、その違いを
2歳の愛音なりに理解しようとしていることに妙に感動した。

   たいようしゃん、今頃どんな夢を見ているのだろうか…。
Posted by Picasa

2010年4月13日火曜日

Something beautiful 4 ~ 「たいようしゃん」 ~




朝起きて、愛音と窓を開けると外は曇りだった。


「太陽さんいないねぇ。」 と僕が言うと、愛音がこう答えた。


「そおね~。たいようしゃん、おうちかえ(っ)ちゃったかな~。」




明日また、たいようしゃんが遊びに来てくれますように…。

2010年4月6日火曜日

Something beautiful 3 ~One Step Closer~


"One Step Closer" by Michael Franti & Spearhead

This is something my friend Damian has shared with me.
In doing so, he said, "Spread the love!!"

2010年4月4日日曜日

Something beautiful 2 ~Tracy Chapman's "Fast Car"~



 皆さんはこの曲をご存じだろうか?90年代、僕が大学生の頃に出会い衝撃を受けた曲だ。これは彼女のデビューシングル、Fast Carという曲で、この曲を含む彼女のデビューアルバム、Tracy Chapmanは1988年のグラミー賞に輝いた。僕にとっても思い出深いCDで、今でも時々聴きたくなる。




オハイオ州クリーブランドに生まれ、貧しい母子家庭に育った彼女が歌う曲は、街もモラルも荒れ果てたアメリカのスラムの情景を鮮やかに描き出す。



人種、貧困、暴力、無力感、自由、正義…。アメリカ社会の根底にある難しいテーマに次々と真正面から向き合う彼女の姿に多くの人が感動し、彼女の音楽は今でも人々を動かし続けている。



訳すとどうしてもチープになってしまうので、是非英語の歌詞を噛みしめて聴いて欲しい。



 これが今日、僕があなたと分かち合いたいことだ。

2010年2月28日日曜日

『プライドと偏見』

 今、つい先程見終えた映画の余韻に浸りながらこれを書いている。本編終了後も、映画館の自分の席を離れたくないような感覚だ。

 今日観たのは、 『プライドと偏見』 という2005年のイギリス映画で、ジェーン・オースティン (Jane Austen) 原作の Pride and Prejudice (邦題:『高慢と偏見』)という長編文学が映画化されたものだ。





 18世紀のイギリスを舞台にするラブロマンスだが、ラブロマンスにつきまとうチープなイメージは一切ない。当時の人々の暮らし、階級社会における人間関係、18世紀イギリスに生きる女性の葛藤などを主人公エリザベスの生き様に見ることができる。スクリーンを通して伝わってくるのは時代を越える家族愛や人間性、そしてジェーン・オースティンが見た世界だ。

 YouTubeで『プライドと偏見』のトレーラーを見つけたので、興味がある人はこちらをクリック。



 僕は昔から映画が好きだ。
映画によって世界を知り、価値観を問われ、勇気をもらってきた。中学校教員時代も、 「英語を学ぶよりも大事なことだ」 と自分を納得させ、機会を見つけては子どもたちとたくさんの映画を分かち合ってきた。

『善き人のためのソナタ』(Lives of Others)

『ブレイブハート』(Brave Heart)

『ショーシャンクの空に』(The Shawshank Redemption)

『遠い空の向こうに』(October Sky)

心動かされた映画はまだまだある。

そんな映画を観た後は、決まって ありがとう と言いたくなる。

2009年12月16日水曜日

命は命によってしか支えられない

 2004年、84歳で亡くなった石垣りんさん。
彼女の詩に出会ったのは、亡くなった直後に見た新聞記事が
きっかけだった。すぐに本屋に行き、『空をかついで』という
詩集を買った。ページをめくるごとに、彼女の生きてきた世界に
吸い込まれていく自分を感じていた。



 先日投稿した『いただきます』のコメントでAKIさんが、現代の
便利な生活では、「命をもらって生きていることが実感しずらい」
と書いてくれた。それを読んで頭をよぎったのが、石垣りんさんの
『儀式』という詩だ。



 彼女の詩には、フェミニズムや環境などを取り巻くいかなる
理論をも超えた、生きた経験に基づく説得力がある。
謙虚に選ばれた言葉の数々からは、彼女の名前の通り、
「りん」とした一人の女性の強さが伝わってくる。 



 母と娘の間で交わされる『儀式』を描くこの詩に、こんな節がある。

 

洗い桶に

木の香のする新しいまな板を渡し

鰹でも

鯛でも

鰈でも

よい

丸ごと一匹の姿をのせ

よく研いだ包丁をしっかり握りしめて

力を手もとに集め

頭をブスリと落とすことから

教えなければならない

その骨の手応えを

血のぬめりを

成長した女に伝えるのが母の役目だ

パッケージされた片々を材料と呼び

料理は愛情です

などとやさしく諭すまえに

長い間

私たちがどうやって生きてきたか

どうやってこれから生きてゆくか

詩集 『空をかついで』より 石垣りん 童話屋発行

(全文はこちら http://homepage3.nifty.com/ja8mrx/rinn-gisiki.htm)



 AKIさんのコメントを読んでいて、もう一つ思いだしたことがある。

 アメリカはベジタリアンの人口が多い。宗教や健康面など、
様々な理由で選ばれている食形態だが、中には動物が可哀想
だからという「道徳的」な理由で肉を食べるのを拒む人々もいる。
これには僕も戸惑いを感じてきた。そこまで意識しているだけ
立派なのかもしれないが、なぜ肉はダメで野菜は良いのだろうか。
大量生産が問題なのだろうか。それだったら野菜も変わりはない。
違いは何なのだろう…。



 と、そのようなことを母に話していた時、賛同した母が
言った一言。



    「命は命によってしか支えられない。」







 何歳になっても、親に教えられることはまだまだあるのだ。




あとがき
 
 石垣りんさんに興味のある人は、wikipediaにも詳しく載って
いるのでお勧めしたい。彼女の詩で僕が好きなものはたくさん
あるが、中でも特に 『私の前にある鍋とお釜と燃える火と』
が僕は好きだ。

2009年11月3日火曜日

明日はきっといい日になる ~ 『手紙』を読んで ~




 今、自分にできること、自分にしかできないことは何なのか。



 山積みの宿題を横目に、もうかれこれ7時間ほど、自問自答をし続けている。一つの歌から重い約束のバトンを渡されたのだ。
 




「今 負けそうで 泣きそうで 

消えてしまいそうな僕は 

誰の言葉を信じ歩けばいいの?」





 ピンとくる人もいるのではないだろうか。シンガーソングライター、アンジェラアキによる『手紙 ~拝啓 十五の君へ~』という歌だ。



 気分転換にと観ていたYouTubeで、彼女がとある中学校の音楽室で女生徒を前にピアノの弾き語りをしているビデオがあった。アンジェラアキの歌を聴きながら、多くの生徒が溢れ出る涙をこらえることができずにいた。



 それを見ながら、僕は自分が去年まで教えていた中学校の生徒たちのことを考えずにはいられなかった。理由があった。昨日、教え子からのメールで、自分が一年生の時に教えさせてもらった生徒たちのことをいろいろ聞いた。現在三年生、ちょうど十五になるかならないかくらいの生徒たちだ。自分の目標に向けて一生懸命頑張っているなどという良い話ばかりではなかった。中には目標を見失ってしまっている子、いじめられている子、家で親にさんざん反発している子、タバコを吸っている子、リストカットを繰り返している子…。



 先生たちはもっとあの子たちを可愛がることはできなかったのかと悔しく思う。もちろん、先生たちだけのせいではない。我々大人全体の責任だと思う。



 小関先生の口癖がある。



   「子どもは悪くない。」



 「良い子」も「悪い子」も、全ては周りの大人しだい。周囲の影響をまともに受ける子どもの素直さを信じる小関先生らしい言葉だ。



 そんなことを考えながらアンジェラアキの歌に涙を流す子どもたちを見ていると、無性に胸が痛んだ。この子たちの涙にはどんな意味があるのだろう。どんな想いをこの歌に重ねているのだろう。以前、 『形にできない想いを乗せて③ ~音楽と言語~』でも書いたように、彼女が歌を通して、年齢や環境や理屈の壁を越えて子どもたちの心に直接訴えかけているようだった。






 『手紙 ~拝啓 十五の君へ~』は、合唱曲としてもアレンジされ、第75回NHK全国学校音楽コンクール・中学校の部の課題曲にもなった。その大会に集まった参加者全員によるこの曲の大合唱を撮ったビデオがある。それは間違いなく、僕が最近見た中で最も美しい光景だった。



 歌がうまいとかそういうことではない。全国から集まった十五の子たちが歌う『手紙』からは、傷つきやすく、でも信じ続けたいと願う彼らの魂が溢れ出てくるかのような錯覚を覚える。もはやそれは歌詞を越えて彼ら自身のメッセージとなっているのだ。



 まるで互いを励まし合うように紡ぎ合わされていくハーモニー、自然と湧き起こる手拍子、揺れる体、躍動する歌声…。どこか悲しく始まる歌は、歓喜の歌、今を一生懸命生きようという誓いへと変わっていく。



 涙を流しながら歌う子がどれだけいることか。男の子も、女の子も。今までこのような前例があったのだろうか。曲が終わり、会場には自然とお互いの健闘を讃え合う拍手が湧き起こった。そして、別れを惜しむかのように、誰も拍手をやめようとしなかった。何千もの心が一つになったのだった。







 この歌は、15歳だったアンジェラアキが将来の自分に宛てて書いた手紙が元になってできたものだそうだ。大切に保管していた彼女のお母さんが30歳になってから彼女に渡したのだという。



     「拝啓 ありがとう 十五のあなたに伝えたい事があるのです」



こうして始まる二番は、30歳になった自分から15の自分への返事となっている。同時に、それは昔の自分のように悩み、もがいている若者たちへのメッセージでもある。



 この歌は我々にも問いかける。私たちは、大人としてどんな手紙を子どもたちに書くのか。



 僕は今の日本に生きる子たちがかわいそうでならない。新聞を広げても、暗いニュースで溢れている。文句を言いたい気持ちも、子どもの前では抑えて人生の良さを教えてあげないと。自分たちにとって大変な時代でも、大人が子どもの「素晴らしい明日」を約束してあげないと、子どもは何を励みに生きていけば良いのだろう。



 今自分にできること、自分にしかできないこと、きっとあるはず。それを通して子どもたちにメッセージを送ろう。



    明日は きっといい日になる。


手紙 アンジェラ・アキ in 西宮市立甲陵中学校
http://www.youtube.com/watch?v=Mph1oYYJz4c&feature=PlayList&p=247EC56C62F1D9DD&index=23

全国学校音楽コンクール・中学校の部 全体合唱 「手紙 ~拝啓 十五の君へ~」
http://www.youtube.com/watch?v=C5ceI4uvNlQ&feature=PlayList&p=247EC56C62F1D9DD&index=20

手紙~拝啓 十五の君へ~卒業
http://www.youtube.com/watch?v=7CKWdNg1rpg&feature=PlayList&p=247EC56C62F1D9DD&index=16

2009年9月19日土曜日

Something Beautiful ~花~




 今日は歌を一曲紹介しようと思う。

 中孝介(あたりこうすけ)の『花』を知っているだろうか。2007年に発表されたものだが、僕がこの曲に出会ったのはつい最近のことだ。YouTubeで彼がなんとも丁寧にこの曲を歌う姿に心打たれた。中孝介は、鹿児島県奄美大島の民謡出身の歌手だ。

 奄美民謡と言えば、元(はじめ)ちとせのあの独特な歌声を思い浮かべる人も多いのではないだろうか。奄美のシマ唄は世界的な大ヒットを飛ばしたフランス出身のグループ、Deep Forestが元ちとせをサンプリングしたことでも注目されたが、日本が世界に誇ることのできる民謡だと思う。

 音楽は、奏でる人の想いと共に、その音楽を創り出した環境や大地を再現してくれる。
元ちとせや中孝介の歌声に僕が感じるのは、奄美大島の大きな空、そして優しい潮風だ。これは琉球の島唄やハワイアンにも感じることだ。他にも、バグパイプの音色はスコットランドの一面に広がる草原と突き抜けるような空、ラップは爆発的なエネルギーを閉じ込める貧しい都市部の建物群、カントリーは南部の赤土を照らす悲しげな夕焼け…。

 僕が『花』を好きな理由は、その歌詞にもある。御徒町凧(おかちまちかいと)という詩人が書いた詞だが、随所に日本語の美しさと奥深さが表れている。と同時に、花の儚さとさりげない強さを愛する日本の心を歌っているようにも思う。

 このブログを読んでくれている人の中で、進むべき道に悩み、もがいている人もいると思う。そんな人にこそ、この歌を聴いて、体いっぱい奄美の潮風を浴びて欲しいと思う。

 こんな一節がある。

 
   「花のように ただそこに咲くだけで 美しくあれ」

 
 あまり難しく考えるな、裸の自分を見つめてみろ。そう歌っているように僕には感じる。


あとがき
 残念ながら僕が見たバージョンの動画は既に削除されてしまっていた。ここに掲載されているものは別バージョン。ピアノ伴奏だけで歌う彼の姿には何とも心打たれた。
歌詞リンク(goo)
http://music.goo.ne.jp/lyric/LYRUTND51864/index.html

2009年9月2日水曜日

小野寺愛さんの『船乗り日記』を読んで

 先日、『夢について』にコメントしてくれた小野寺愛さんのブログ、『船乗り日記』 を早速読んでみた。彼女はピースボートというNGOの中心人物であり、もともとは妻が大学時代に所属していたウィンドサーフィン部の先輩。とてもアクティブで、感動しやすくて、笑顔がすてきな女性だ。とてもフットワークが軽く、以前うちの中学校で、「世界と出会う」というテーマで総合学習を展開した時にも、ピースボートの仲間を連れてプレゼンをしに来てくれた。こんな日本人の女の子がもっといたら、と心から思う。

 さて、ブログだが、これがとっても彼女らしい。自然、子育て、教育、世界、愛、平和…、幅広いテーマを壮大なスケールで、でも気さくに、笑顔を忘れずに話している。このブログを読んでくれている教え子たちには、是非読んで欲しいと思う。「世界」とは想像よりもずっと身近なもの、「平和」とは何気ない日常に隠れているものだと教えてくれる。それにきっと、結婚っていいな、親になるっていいな、自然っていいな、旅するっていいな、大人になるっていいな、と思わせてくれる。何よりも、彼女の溢れんばかりの想いを感じて欲しい。

 以前、教えることとは感動の分かち合いだと思っていると書いたが、彼女がやっていることも「感動のおすそ分け」なのだと思う。きっと本人にとっては、教えているなんて意識はないのだろう。でも、まだ他の人が知らないかもしれない、見ていないかもしれない、経験していないかもしれない感動を先に生きた人間が、後から歩いてくる者に一生懸命生きる喜びを伝える…それって教育の原点なのではないだろうか。

 愛さんのブログをリンクしておくので、是非見てほしいと思う。僕が敬愛するブラジルの教育哲学者、Paulo Freire(パウロ・フレイレ)が目指した、「もっと愛しやすい世界」は、きっとこんなネットワーク作りの延長にあるのだろう。感動の輪があなたの愛する人にも届きますように。