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2017年10月9日月曜日

『13年越しの約束』




「おまえの結婚式、バージンロードは俺が歩く。」

当時まだ中学生だった丸に小関先生がそう言っていたのを、新米教師だった僕は今でもよく覚えている。

昨日、13年の時を経て、小関先生はその約束を果たした。

チャペルの扉が開き、小関先生が純白のウェディングドレスに身を包まれた丸と腕を組んで入場してきた姿は僕にとっても感慨深く、涙が出た。

小関先生は、ずっと前を見て、ずっと同じ笑顔で歩いていた。

嬉しそうだが、どこかぎこちない。

後で聞いたら、丸の顔を見れなかったのだと言う。

「まともに見たら泣きそうだったから。」





先生と生徒が腕を組み、バージンロードを一歩、また一歩と進んでいく。

丸のお母さんも、叔母さんも、涙が止まらない。

小関先生も、丸も、いつかこうして二人でバージンロードを歩く日が来ることを、13年もの間、きっと疑わなかったのだと思う。

中学校の制服を着た14歳の丸と、小関先生が交わした約束が、こうして当然のように実現する。

人が人を信じるということが難しいこの時代。

卒業後も変わることのない、この信頼関係は、テストで測ることも、お金で買うこともできない。




丸の結婚式が終わり、小関先生はしみじみと言っていた。



「こんなに嬉しいことはない。」












2015年3月27日金曜日

負けから学ぶこと Part II



部活での勝負は、単に勝ち負けがわかり易いというだけで、部活動の外で勝負がないわけじゃない。教科指導、学級指導、生徒指導、どこでも勝負はある。ただ、勝負をするかしないか、勝負と見るか見ないかは、教員しだいだ。授業の中に勝負があることに気付かない教員もたくさんいる。

思い返せば、小関先生は授業が始まる前から勝負を仕掛けていた。授業前、生徒たちが席について先生を待つ。次の授業が数学だと気付き、一人の男子生徒が、慌てて机の横に置いてあった鞄をロッカーに入れに行くと、他の生徒数人がそれに続く。チャイムが鳴り、ドアが開くと、クラスに緊張が走る。小関先生が生徒たちを見渡しながら教壇につくと、日直が号令をかける。

   「きをつけー」

   「やり直し。」

   「はい。きをつけー」

   「やり直し。」

困ったように、日直がクラスメイト達を見渡す。

   「きをつけー」

   「...」

   「礼!」

   「よろしくお願いしまーす!!」

生徒たちが一斉に礼をし、顔を上げる。

   「...」

小関先生は何も言わない。ただじっと生徒たちの方を見ているだけだ。気まずい沈黙が続く。

ハッとして、最後の一人が先生の方を向いたところで、初めて先生は沈黙を破る。

「はい、よろしくお願いします。」

生徒たちの姿勢はできた。勝負ありだ。

その後の授業も驚きだった。生徒たちは先生の言うことを黙って聞くだけかと思えば、そんなことはなく、今まで見たこともないような活発な数学の授業だった。生徒たちは先生を恐れる様子もなく、先生に自由に質問をしたり、発表をしたりしていた。何と言ったらいいか、生徒たちが、先生の引いたラインをよくわかっていて、その中で安心して飛び跳ねているような、そんな不思議な雰囲気だった。

前回の、『負けから学ぶこと』にコメントをくれたのは、全て小関先生の門下生達だが、皆、それぞれの形で勝負に挑み、負け、学んでいる。

勝負をしなければ、負けを突きつけられることはない。

だが、そのかわりに、勝利の味を経験することも、誰かの「教師」になることもないだろう。

だが、もっと言えば、何十年勝負しても、きっと負け続けるのだろう。

それはきっと、「守・破・離」という技を極めるプロセスのほとんどが、最初の「守」であることと、似ているのかもしれない。

          俺なんか、ずっと守ってばかりだ。

いつもそう語っていた小関先生の顔は、どこか有り難そうだった。



2015年3月19日木曜日

負けから学ぶこと

恩師、小関康先生の文章。
中学校剣道で、監督として日本一も経験した彼が選んだテーマは、「負け」についてだった。「行間を読んで欲しい」、と一言添えて、シェアしてくれた。今日の教育を考えるにおいて、示唆に富んだ文章だと思う。後でゲンコツを喰らうかもしれないが、この場で勝手にシェアさせてもらおう。
 読みながらふと思った。きっと言いたかったことの3分の1も言えなかったのではないだろうか。自分の意志に反して現場から離れ、行政の場から語る言葉には、立場上語れぬ想いとの葛藤が窺われる。それと同時に、数少ない言葉からは、教育者としての語り尽くせぬ経験、知恵、そして感性が感じられる。この場で小関先生のメッセージについて議論していければありがたい。わからなかったこと、読んで思い出したこと、行間に隠された想いの解釈等、コメントお待ちしています。長文大歓迎です。 






負けから学ぶこと
千葉市教育委員会保健体育課
小関 康

 日本一にならない限り、生徒と共に挑む最後の公式戦は必ず負けで終わる。

 教わった言葉に、「勝ちに不思議の勝ちあり、負けに不思議の負けなし」がある。

偶然の勝ちはあっても負けは必然であるということ。随分厳しい言葉だと思いつつ、なぜこの「負け」が必然であったのか、必死に考えるといつも原因は自分の指導にある。

 単純に技術指導ができずに負けた。

   練習をさせ過ぎ、故障者を出して負けた。

   自分の思いばかりを伝え、生徒の思いに耳を傾けなかった結果、多くの生徒が部を去り、負けた。

   生徒同士の人間関係が把握できず、不信感の中で試合をさせて負けた。

   生徒を信頼できず、試合中指示を出し過ぎ、生徒を混乱させて負けた。

   ローカルルールを理解せず、采配を間違えて負けた。

   生活指導が甘かった結果、審判を敵にして負けた。

   大会の雰囲気に舞いあがり、選手を動揺させて負けた。

多くの負けから多くの学びを得ることができた。本当に感謝している。そして、この学びは教科指導、学級指導、生徒指導に通ずるとも感じている。

 いうまでもなく、勝つことも運動部活動の大切な目標である。勝ちにこだわり、必死に努力するからこそ、負けもいっそう悔しく、価値あるものになり、生徒にも価値ある何かを残す。


 学校現場を離れた今、指導が至らず申し訳なかったと思いながらも、かつての生徒達と「負け」を語り合うことができる、それを幸せだと感じている。





2015年2月23日月曜日

小学生らが残酷画像を盗み見したことで問われる教員の管理責任!?



先日、Facebookでこんな記事を目にした。


三重県桑名市教育委員会は18日、市立小学校の授業中に、過激派組織「イスラム国」関連の画像をパソコンで見た5年生11人が気分が悪くなり、保健室で休憩したと発表した。担任教諭が教室を離れた際に検索したという。市教委は「子どもが関心を持つことは十分に考えるべきだった」としており、学校が全校児童の保護者に謝罪文を配った。
               
生徒たちが別れて学習していた二つの教室を教諭が行き来していた際に、イスラム国に殺害された後藤健二さんの名前をコンピューターで検索したのだという。その記事は、こう締めくくっている。

学校は今後、クラスの全員を教諭らが家庭訪問して謝罪と説明をする。当面、県のスクールカウンセラーに心のケアをしてもらうという。

元教員として、この学校で働く教員を気の毒に思う。この対処の方向性を決めたのが市教委なのか校長なのか知らないが、私だったらそんな器の小さいリーダーシップの下で教えたいとは思わない。きっと、学校自体が地域との信頼関係を築けていないんだろう。

もし、私がその子達の担任だったらどのように対処していただろう。

間違いなく学級会を開いてその子たちを叱っていたと思う。

もし私が学年主任だったら、学年集会を開き、生徒指導主任だったら校長に頼んで全校集会を開いて、一大事として取り上げていたと思う。いっそのこと親たちも招いた方がいい。

でも、私にとっての問題は、教員の管理責任や、時と場所をわきまえろなどということなんかじゃない。子ども達が観たか観なかったかを問題にしたいし、「命」について語りたい。

興味本位やその場のノリで人の死を、しかも同じ国で生まれ育った人間の死を、鑑賞対象として客観視できてしまうところに、子ども達のイマジネーションの無さと危機感を感じる。

殺された後藤さんの母親はどんな気持ちなのか

奥さんはどのような想いで彼を送り出し、彼の帰りを待っていたのだろうか

後藤さんの子ども達は、今後どんな想いで育っていくのだろうか。

こういうことは、我々大人が、子ども達に考える機会を与えていかなくてはいけないと思う。

この件では、しきりと教員の管理責任が問われているが、今のようにネットでありとあらゆる情報や画像が閲覧できる時代に、いくら管理しようとしたところで限界がある。もし、本当に子ども達をネットから守りたいのであれば、彼らを育てることだ。

私が、恩師である小関康先生の子どもたちとの係わりを見て学んだこと...それは 、究極の「管理」は「信頼」なのだということだ。随分前にも、こんなことを書いたことがある。

人を管理して、人は育つのか。

教育の場において、真の管理とは委ねることであり、育てること。

一番良いのは、あえて見られる状態にしておいて、「見ようと思えばいつでも見られる。でも考えろ。」という先生の一言を子ども達が真剣に考えることだ。



話を戻そう。もし、私が書いたように、今回のような事件への対処として学級会や全校集会などを開いて一大問題として扱うことにしたら、おそらく他の教員や管理職や保護者たちに反対されることもあるだろう。でも、そうしたら、信念もってぶつかればいい。子ども達のために、自分が信じていることを一生懸命やればいい。仮にその過程で、自分が子どものように他の大人に叱られて、へこんでも、それをしっかりと生徒たちに見せればいい。

小関先生が、初任校の最初の卒業生たちに言われたという言葉を思い出す。

「先生は、私たちのためにたくさん叱られてくれましたね。」

子ども達はちゃんと見てる。

「最後は子どもの心を掴んでる奴が勝つんだ」という小関先生の言葉通りだ。下手クソでも下手クソなりに一生懸命やる。そうしたら、いつの日か必ず返ってくる。

今、子や親の前で萎縮して、勝負できない教員や管理職が増えている。

新自由主義が入り込んで、親や子が教育の「消費者」となり、教員や学校が「サービス提供者」となってしまう中、「人を育てる場所」としての学校の第一の使命が機能しなくなってきている。私は、何よりもそのことに最大の危機感を感じている。

国の首相が戦争をしたがっているこんな時にこそ、今回の人質殺害事件のような事柄を、教員が、大人の代表として、大事に拾い上げて、子ども達に考えさせる機会を作ることが必要なのだと思う。教員時代、新聞もニュースもろくに見てなかった自分のことが悔やまれるが、こんな時だからこそ、大人の代表として子ども達と毎日接する教員が、教養ある人間として、社会の問題に関心を持って語って、自分自身の頭で臨機応変に考えることのできる子どもを育てていかなければならないと思う。