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2015年3月27日金曜日

負けから学ぶこと Part II



部活での勝負は、単に勝ち負けがわかり易いというだけで、部活動の外で勝負がないわけじゃない。教科指導、学級指導、生徒指導、どこでも勝負はある。ただ、勝負をするかしないか、勝負と見るか見ないかは、教員しだいだ。授業の中に勝負があることに気付かない教員もたくさんいる。

思い返せば、小関先生は授業が始まる前から勝負を仕掛けていた。授業前、生徒たちが席について先生を待つ。次の授業が数学だと気付き、一人の男子生徒が、慌てて机の横に置いてあった鞄をロッカーに入れに行くと、他の生徒数人がそれに続く。チャイムが鳴り、ドアが開くと、クラスに緊張が走る。小関先生が生徒たちを見渡しながら教壇につくと、日直が号令をかける。

   「きをつけー」

   「やり直し。」

   「はい。きをつけー」

   「やり直し。」

困ったように、日直がクラスメイト達を見渡す。

   「きをつけー」

   「...」

   「礼!」

   「よろしくお願いしまーす!!」

生徒たちが一斉に礼をし、顔を上げる。

   「...」

小関先生は何も言わない。ただじっと生徒たちの方を見ているだけだ。気まずい沈黙が続く。

ハッとして、最後の一人が先生の方を向いたところで、初めて先生は沈黙を破る。

「はい、よろしくお願いします。」

生徒たちの姿勢はできた。勝負ありだ。

その後の授業も驚きだった。生徒たちは先生の言うことを黙って聞くだけかと思えば、そんなことはなく、今まで見たこともないような活発な数学の授業だった。生徒たちは先生を恐れる様子もなく、先生に自由に質問をしたり、発表をしたりしていた。何と言ったらいいか、生徒たちが、先生の引いたラインをよくわかっていて、その中で安心して飛び跳ねているような、そんな不思議な雰囲気だった。

前回の、『負けから学ぶこと』にコメントをくれたのは、全て小関先生の門下生達だが、皆、それぞれの形で勝負に挑み、負け、学んでいる。

勝負をしなければ、負けを突きつけられることはない。

だが、そのかわりに、勝利の味を経験することも、誰かの「教師」になることもないだろう。

だが、もっと言えば、何十年勝負しても、きっと負け続けるのだろう。

それはきっと、「守・破・離」という技を極めるプロセスのほとんどが、最初の「守」であることと、似ているのかもしれない。

          俺なんか、ずっと守ってばかりだ。

いつもそう語っていた小関先生の顔は、どこか有り難そうだった。



2010年12月19日日曜日

進化論

生徒は先生の器の中でしか育たないという。



確かにそうだ。



「それでも、自分を超える生徒を育てなければいけないんだ。」
と久し振りに電話で話した小関先生が言った。



「進化論だよね。進化してなんぼだから。」



  それが教員にとっての 「破」 なのだろうか。

2010年11月13日土曜日

宗教における守破離 ~「自由」を捨てて自らを解き放つ 6~

 前回再投稿した 『信仰と自由の関係』 に対して、マサさんがコメントを下さった。彼の真っ直ぐな人柄が伝わってくる、真摯で批判的なコメントだった。彼のコメントを読みつつ、自分が何故、「宗教」 を持ちだしたのかを思い返してみた。そして、そうすることが、小関先生との出会いが僕の宗教観を如何に変えたかということを確認する機会を与えてくれた。


 僕にとって、『信仰と自由の関係』 を書くこと、それは自分の過去の宗教観を問い正すことだった。


 僕の宗教に対する考えは小関先生に出会って完全に覆された。


 冒頭の、「神を信じる人間はきっと自由なのだと思う」 というあの言葉、小関先生に会う前の自分だったらきっとこう言っていただろう。


 「神を信じる人間はきっと心が弱く、不自由だと思う。」


 小関先生も僕と同じように、ある特定の宗教をいらっしゃるわけではない。ただ、宗教に対する深い理解を持っていらっしゃる。それはご自分が、自分自身の先生を信じる感覚と宗教家が神を信じる感覚は似ているのではないだろうかという推察からだ。


 ここで僕が取り上げているのは 「何を」 信じるかではなく、信仰される対象の説得力の問題でもない。僕の興味の中心にあるのは 「どのように」 信じるかということであり、「信じきる」 ことから生まれる精神の自立だ。


 そして、それは宗教にも守破離を見出すことができるのではないかという一つの可能性を示唆している。


 世界中に散らばる無数の宗教を、「宗教」 という名目の下ひとくくりにするのはある意味馬鹿げているし、だからこそ前回の投稿で誤解を生んでしまったのだと思う。


 なので、ここでは 「宗教」 という institution ではなく 「神」 として、神の側からではなく個人の側から、人が神を如何に信じるかという個人的な体験として考えていきたい。





 先ほども述べたように、僕は、神を信じるという行為にも守破離という道筋があるように思う。


 意味も分からずにただハイハイと教えを守るだけの 「守」 から始まり、自分の行動を制限するだけでしかなかった 「枠」 が、いつしか精神の 「芯」 として内在化されていく。初めは困った時だけ、注意した時だけ守っていた神の教えは、いつしか自分の生活における全ての軸をなすようになるだろう。


 自分の弱さとの葛藤が消えることはないが、もはや迷いは消え、目指すべき所、今なすべきことが自ずと見えるようになる。教えには書かれていないことにも神の意志を問うようになり、神との対話から自分の行動を決定するようになるだろう。

 そしていつの日か、神の教えに挑む時が来るのではないだろうか。「挑む」 と言うと傲慢で挑戦的に聞こえるかもしれないが、根本にあるのは謙虚さと共に、我々人間にどれだけ神の言葉や行いを理解することができるのかという問題意識でもある。よって、挑むということは神の意志を真に理解しようとする、譲れない信仰心を持つ者にしか為せないことだ。


 僕の大好きな作家の一人に、パウロ・コエーリョというブラジルの作家がいる。『アルケミスト』、『ピエドラ川のほとりで私は泣いた』、『星の巡礼』など、数多くの素晴らしい作品を世に送り出してきた作家だ。彼の作品の中に、『第五の山』 という宗教と深く関わる本がある。最後に、その中の一節を紹介して終わりにしたい。そこに描かれているのは宗教における守破離のプロセス、そして信仰と自由の関係であるように思えてならない。



 時には、神と争うことも必要なのだ。
人間は誰でも、その人生で悲劇に見舞われることがある。
住む町の崩壊、息子の死、誤った告発、病気による体の障害などだ。
その時神は、自分の質問に答えるよう、人間に挑戦するのだ。


「なぜ、お前はそんなにも短く、苦しみに満ちた一生に
しがみついているのだ?お前の苦闘の意味は何なのだ?」

 この質問にどう答えるかわからない者は諦めてしまう。
一方、神は公正でないと感じて、存在の意味を求める者は、
自分の運命に挑戦する。天から火が降りてくるのは、その時である。
それは、人を殺す火ではなく、古い壁をひき倒して真の可能性を
それぞれの人に知らせる火なのだ。臆病者は絶対に、
この火が自分の胸を焼くのを許そうとはしない。彼らが望むのは、
変わってしまった状況がすぐにまた、元通りになって、
それまで通りの考え方や生き方で生きていくことだけなのだ。
しかし、勇敢な者は、古くなったものに火をつけ、たとえ、
どんなにつらくとも、神をも含めてすべてを捨てて、前進し続けるのだ。


 「勇敢な者は常に頑固である。」


 天界では神が満足の笑みを浮かべている。
なぜならば、神が望んでいるのは、一人ひとりの人間が、
自分の人生の責任を自らの手に握ることだからだ。
主は自分の子供たちに、最高の贈り物を与えているのだ。
それは、自らの行動を選択し、決定する能力である。


 心に聖なる炎を持つ男や女だけが、神と対決する勇気を
持っている。そして彼らだけが、神の愛に戻る道を知っている。
なぜならば、悲劇は罰ではなくて挑戦であることを、
彼らは理解しているからである。 pp. 219-220




2010年11月6日土曜日

信仰と自由の関係 ~「自由」を捨てて自らを解き放つ 5~(再)

 

 神を信じる人間はきっと自由なのだと思う。


 僕は、神の存在を信じているが、信仰する宗教はもっていない。

そんな自分が宗教を語るのはおかしいかもしれないが、 「自由を捨てて自らを解き放つ」 というタイトルは、人が神を信仰するプロセスに通ずるのではないかと思う。神を信仰するということは、様々な欲望を抑え、厳しい神の教えに従うということだと思う。でも、それは自由を失うということではないように思う。


 宗教にはいろいろあるし、一概には言えないのは分かっているが、僕がイメージする宗教を語ってみたい。僕が思うに、宗教を信仰するということは神の教えを内在化させることであり、それによってもたらされるのは精神の自立だ。神の教えが自分の中の 「絶対」 となれば、それは周りに流されない信念を与えてくれるだろう。その信念は自分を神の教えに閉じ込めるのではなく、逆に新たな考えや世界へと踏み出す自信となるだろう。迷いは消え、自分の弱さとの葛藤のみが残るのではないだろうか。




 僕が言う 「先生を持つ」 という感覚は、きっと宗教家が 「神を信じる」 という感覚と似ているのだと思う。先生の教えを内在化させるということは、いつであろうがどこであろうが先生を意識して行動することに他ならない。アメリカにいる今でも自分に問いかける。 「今、小関先生がこの場に入って来られても、自分は胸を張っていられるだろうか。」 そう問い続けることが、自分を鼓舞し、正しい方向へと導いてくれるように思う。


 これを読んでくれている人たちの中でも、僕と小関先生の人間関係を理解できない人も少なくないのではないかと思う。そんな不安もあり、このブログで小関先生のことを書く時にはあえて敬語を使って来なかった。このブログの投稿記事数は今回で109になるが、少なくとも5回に1回は 『先生の教え』(計25本) について書いていることになる。[注: 2010年11月6日現在では209本中の52本だ。]


 『自分を持つということ③ ~周りに流されない信念~』 で、剣道部の生徒たちがいかに小関先生に洗脳されているように周りに映るのかを書いたが、間違いなく自分も周りの教員からはそう見られていた。生徒の前であろうが呼ばれればダッシュで駆け付けたし、夜中だろうが何をやっていようが携帯で呼び出されればすっ飛んで行った。夏休み中、長野の山奥の山小屋に妻を一人残して、 「いざ鎌倉!!」 と言わんばかりに埼玉まで関東大会の応援に駆け付けたこともあった。


 もしその人が間違った方向に導いていたら…、そこまで一人の人間を盲目に信じることは危険なのでは…、と思う人もいるかと思う。だが、僕にとってそんな不安はさらさらない。これはいつか書こうと思い続けてきたことだが、実は小関先生にも二人の先生がいるのだ。一人は大学時代の剣道部の先生である塩入先生。もう一人はまだ船橋市の教員だった頃から師弟関係のある奥村先生だ。二人とも超一流の教育者だ。


 小関先生は言う。


    「俺が言っている言葉は全て先生たちの言葉だ。」


 僕が小関先生に絶対の自信を持てるのは、小関先生自身が自分の先生に学び続け、自分を問い続けているからだ。自分はこれで良いのか。先生だったら何とおっしゃるだろう?


 また、奥村先生も、小関先生の道場の控室に飾ってある奥村先生の師匠の写真を見ながら、 「俺が語っているのは全部爺さんの言葉だ」 と何とも優しい目でおっしゃっていた。


 だから、こうして僕が崇拝している教えは、歴代の先生方によって、何十年、何百年と受け継がれ、磨き継がれてきた 約束のバトン だと思っている。それは決して完成されたものではない。でも、未完全で、満足されることなく追い求めてこられた教えだからこそ、自分は身を委ねることができるのだと思っている。


 小関先生は生徒にも平気で自分が打たれる姿を見せる。


 奥村先生は、よくうちの中学校の道場に顔を出される。大会前などになると、防具をまとい剣道部の生徒に稽古までつけて下さる。そんな時、小関先生は決まって自身も防具をつけ、真剣勝負を挑む。そして無惨に打たれる生身の姿を生徒に見せるのだ。


「お前たちだけじゃない。自分だって修行中の身だ。」 


そんなメッセージを生徒に送り続ける小関先生の教えには、何にも勝る説得力がある。

2010年11月4日木曜日

型は進化する ~Re: 古典的奏法から得られる身体運動の無限の可能性~

 先日マサさんが紹介して下さった締め太鼓の打ち方に見られる可能性から、型の理解を深めたいと思う。


 マサさんの見解やシェアして下さった動画から、締め太鼓の古典的奏法が、一見不自然に見えつつ、実は理にかなっていて様々な応用が可能なすばらしい打ち方であることが分かる。


 この気付きに表れているのは、武道や芸能における 「型」 の重みだと思う。そして、この理解こそが、マサさんが危惧する現代和太鼓音楽の行き詰まりや、源了圓氏が指摘する高度成長の激動で日本が陥った「型なし状態」の危険性を打破するために欠かせないものなのではないかと考える。


 「守・破・離」の前の「信」のコメントで竹越さんが、「過去の叡智の積み重ねの上に成り立っているサイエンス」 における 「守」 の必要性についてシェアして下さった。また、それとは別に、最近仲良くさせて頂いている伊喜利さんが、型を 「最大公約数」 という表現で理解されていた。


 ここで大事なのは、型を静的で arbitrary なものとして理解するのではなく、長い長い歩みの中、先達によって積み重ねられ、時代の流れに合わせて進化してきたとする理解だ。その意味で、竹越さんが紹介して下さった、ニュートンの "Standing on the shoulders of giants." という言葉は非常に的を得ている。大事なのは、"Standing on the shoulders of giant." ではなく "giants" となっている所なのではないだろうか。思い描かれるのはたった一人の偉大な創始者ではなく、各時代を築き、繋いできた巨匠たちの姿だ。


 逆に、伝統や型を無視するということは、先達が歩んできた道を否定し、積み重ねてきた叡智を無視することになるのではないだろうか。マサさんの 「入門者がその持ち方をすると数時間で肩がばりばりに固まり、腕が上がらなくなる。」 という指摘からも分かるように、そもそも、型の真の大切さは守りきった者にしか分からないのだと思う。だから入門者には有無を言わさずやらせるしかない。それを最初から、型が何故大事なのかと問うたり、型を避けて通るのは間違っている。


 最近僕が格闘し続けているHannah Arendtは、次のように主張する。大人たちは、自分たちの生き方や先祖から受け継いできた伝統を子どもたちに有無を言わさず教え込むのだ。そうして型にはめることによって初めて子どもたちは、いつしか自分たちが受け継いだ世界の美しさや守るべき善だけでなく、醜さや改善すべき悪をも理解するだろう。そこに新しい光がもたらされる。立ち止り、進化を止めれば死にゆく運命にあるこの世界も、子どもたちが持って生まれる natality (産み出す力) によって変わることができる。それが世界が生き続ける唯一の方法なのだ。


 だから彼女は、子どもたちが為すべきことが Creation (新しい世界の創造) だとは言わない。常に Re-creation なのだ。そのこだわりに託されたのはこんなメッセージではないだろうか。


世代交代によって新しい世界が創られるわけではない。

新しい世界へと創り変えられるのだ。




2010年11月3日水曜日

型の内在化: 「枠」 から 「芯」 へ  ~「自由」 を捨てて自らを解き放つ 4~(編)

 前回、 「守・破・離」 における型とは自分の行動、思考、信念を制限する 「枠組」 みではなく 「精神の芯」 であると書いた。ただ、修行を始めたばかりの者に、「型とは枠組みではない!」 と言っても理解できないと思う。


 僕自身にとっても、小関先生から与えられた型を守ることは、最初は息苦しくて仕方なかった。小関先生の教えに学ぶことは自分で選んだ道だったが、理解できないことばかりで、言われる通りに従うだけだった。英語の授業をしていても、グランドで野球部の練習を指導していても、小関先生にどこからか見られているのではないかと、いつもビクビクしていた。


 当時の自分にとっては、型とはまさしく自分らしさや 「自由」 を制限する枠組みでしかなかった。しかし、何年目だったかは分からないが、枠組みがいつしか自分の 「芯」 へと変化していたのだ。きっと、毎日まいにち守り続け、先生の教えを刷り込まれるうちに、型が内在化された結果なのだと思う。






 自分の教えを振り返ると、僕が野球部の指導で達成できなかったのはこのステップだったのだと思う。枠を与えることはできた。しかし、それを生徒たちが内在化する所までは持って行けなかった。そのために、僕の意図する教えが彼らの心にまで浸透することはなかったように思う。


 だから、生徒たちはグラウンドでは礼儀正しく一生懸命やっていても、練習以外の時間では服装を乱したり、僕が練習に出られない時は雰囲気が緩んだり、少なくとも学校の敷地の中ではちゃんと教えを守れるようになっても、家に帰ると大会前でも怠惰な生活をしたりして本番で力が発揮できなかったりした。


 野球部顧問として、僕が最後まで苦悩し続けたのは技術指導よりも心の指導だった。どうしたら、人の想いを背負って今という瞬間を大切にできる一流の人間を育てることができるのか…。自分が最終的に目指したのはそこであった。


 今考えてみると、僕の教員生活の大半は、理由も分からずに生活指導をしていた。


   学校生活でも服装を正しなさい。

     挨拶をきちんとしなさい。

       自分の身の回りを整理整頓しなさい。

         時間を守りなさい。

           汚れたユニフォームは自分で洗いなさい…。


 見た目ではなく、自分の内面から滲み出る個性、自律の精神、感謝の心など、これら全てが理解できて初めて僕が目指していた人間の育成が可能になること、そして、それは選手たちにとって、周りの中学生だけじゃなく、時に周りの大人をも超える人間性を身につける必要があるということに気付くまでに何年もかかった。そして気付いたところで、その教えを枠から芯へと導く力は自分にはなかった。これは自分が彼らの「先生」になれなかったことを意味している。


    悔しい…。


でも、だからこそ、今でもそこを目指している自分がいる。

2010年11月2日火曜日

「枠」 ではなく 「芯」 ~「自由」 を捨てて自らを解き放つ 3~




型とは 「枠組み」 ではなく精神の 「芯」 である。


 ここ数回に渡り、 「守・破・離」 の教えにおける型と自由の関係について考えてきた。このテーマの最大のチャレンジは、真逆とも取れる 「型」 と 「自由」 が実は共存するということを言葉で説明することだ。いろいろ考えたあげく、難しさの一因は 「型」 が持つイメージにあるのではないかという結論に至った。


 型というと、一般的には形を決めるための「枠」のことを指すのではないかと思う。もし型を枠と捉えれば、確かにそれは自由と相対するものになる。こうしなければいけない、そうしてはいけない、これが正しい、それは間違っている、これが必要、それは不要…というように、自分の行動、思考、信念など全ての自由を制限するだろう。


 しかし、もし型を 「精神の芯」 と捉えたらどうだろう。その場合、型は行動、思考、信念の枠組みではなく土台を意味する。「守・破・離」 の教えにおいて、自由とは 「精神の自立」 を意味するのではないだろうか。



あとがき (2010年11月2日)

 前回も紹介した 『武の素描 ~気を中心にした体験的武道論~』 という本で、筆者である大保木輝雄先生は次のような結論に至っている。



技の歪みを正し、身体を正すことによって、

何物にもとらわれない自由な心の在り方を会得させる、

それが剣術の 『かた』 習いの本義であった。




 今度改めて紹介したいと思うが、この前も書いたように、先週の土曜日から約2週間の予定で、盲目の和太鼓奏者、片岡亮太君が日本から我が家に来ている。滞在2日目、Teachers Collegeの太鼓愛好会の練習会で彼のパフォーマンスを聴く機会があった。彼の演奏は、DVDでは観たことがあったが、ライブは初めてだった。音楽を言葉で説明するとどうしてもチープになってしまいそうなので避けたいと思うが、少なくとも、彼のビートが和太鼓が好きでそこに集まった人たちの心に鳴り響いたのは確かだった。


 演奏後、音楽療法師である僕の妻が言ったことの中で、一つの言葉が僕の頭から離れなかった。


   「軸がぶれないよね」


亮太君は嬉しそうに、意識しているんです、と答えた。


 そんな亮太君も、そこにたどり着くまでには相当の苦労があったようだ。最初のうちは、師匠である仙堂新太郎先生にいつも叱られていたらしい。


「おまえは太鼓の前に立つだけで体が硬直しているように見える。」


 自分ではそんなつもりは全くなかったらしいが、どうやら、目が見えないがために物にぶつかる恐怖心が体に染み付いてしまっていたらしい。思考錯誤を繰り返したが、先日ゲストとしてこのブログに登場してくれた、亮太君の良き兄貴分でもあるマサさんの助言で始めた 「ゆる体操」 という筋肉のマッサージが大きな転機となった。それにより、硬直していた筋肉の質が変わり、「軟体動物」 のようになったという。


 体をリラックスすること、そして体の軸だけに意識を持って行くようになってからというもの、驚くべき変化があったそうだ。


 まず、駅前などで停めてある自転車などにぶつかっても、それまでのように自分が倒れることが無くなった。古武術のように、体に衝撃を受けても、まるでカーテンのように体が衝撃を後ろに逃がすのだ。面白いことに、意識を体の末端から軸へと移すことによって末端は解放されるのであった。


 もう一つ、亮太君を驚かせたことがあった。それまでは、何台もの太鼓を使って演奏する時、意識は自然と体から遠い所にある太鼓に向かっていた。しかし、いくら遠くの太鼓を意識しようともなかなか正確には打てなかった。それが、逆に意識を中に、体の軸へと向けるようになってからは、亮太君のバチは不思議なくらい正確に、遠くの太鼓をとらえ始めたのだそうだ。


 何故僕がこんな太鼓の話を持ち出すのか。それは外から内へと意識のベクトルを変えることによって解放された亮太君の姿が、小関先生という自分の芯を持つことによって外に散らばる 「正解」 の呪縛から解かれた自分の姿と重なったからだ。


 型が 「枠」 から 「芯」 へと変わっていく過程、それは無秩序であった一つひとつの行動が軸を中心に回り始め、小宇宙としての摂理が生まれていく過程を表しているように思う。

2010年10月30日土曜日

僕は服従し、自由になった ~「自由」 を捨てて自らを解き放つ 2~(再)

 ここ数日、 「型」 と 「自由」 の関係を考え続けている。

一つが全部だ、全部繋がっている、という小関先生の有機的な哲学を論理的に説明するのはとても難しい…。あれこれ考えたあげく、自分自身の学びの過程を分かち合うことが最善なのではないかという結論に至った。


 中学校教員時代、僕は小関先生に服従し、自由になった。
だが、最初から盲目に服従したわけではない。 『小関先生との出会い』 でも書いたが、僕は最初、日本の教育の現状を視察するスパイのつもりで教員になった。だから出会ったばかりの小関先生に服従しようなんて気持ちはさらさらなかったし、他の教員との関係でも、良い所だけ盗んで後は 「はい」 「はい」 と話を合わせるずるい優等生だった。


 一見自由に見えるその頃の自分は、極めて不自由だった。いろいろな先生方の様々な教えに自分を支配され、教員としての 「自分」 がなかったのだ。職業柄、教員は皆 「正しい」 ことを言うが、言っていることや教育観はそれぞれ違う。それに、一般的には 「正しい」 答えが、その瞬間、目の前の子や周りの子どもたちのためになるとは限らない。だから、いろいろな先生方のアドバイスを聞けば聞く程自分の中に矛盾が生じ、生徒の不信を募らせた。学びは横に広がる一方で、なかなか前へは進まなかった。


 随分と長い時間がかかってしまったが、最終的に何もわかっていない自分 (『無知の知』) に気付き、小関先生の教えに心を開き、服従する決意をした。自分が解放されたのはそれからだ。


 服従することはきついと同時に楽でもあった。来る日も来る日も叱られたが、暗闇の中手探りで仕事に没頭する日は過ぎ去り、自分の進むべき道がはっきりと見え始めた。生活の中の無駄が減り、調和が取れていくような感覚を覚えた。初めて自分が真っ直ぐになれているような気がした。


 もちろん、修行中も他の教員の指導を見続けたし、自分に教えてくれようとアプローチしてくる教員もいた。でも、いつしか自分は流されなくなった。他の教えに全く心を閉ざしたというのではない。しっかりと聴きながら、何が正しく、何が間違っているのかを自分で判断できるようになったのだ。ただそれは、それまでのように根拠のない直感による判断ではなく、小関先生の教えに対する絶対的な信頼に基づいた判断だった。 「この人が言っているのは、この前小関先生が話していたこと同じだ」 と思う時もあれば、 「この人に対して小関先生はきっとこう言い返すだろう」 と思う時も多かった。


 小関先生の教えを守り始め、過信が自信へと変化していくのを感じていた。



あとがき (2010年10月30日)
 
 大保木輝雄先生の『武の素描 ~気を中心にした体験的武道論~』という本のあとがきで、次のような源了圓氏の言葉が引用されている。


「高度成長で日本の社会、文化が急激に変化し、今までの文化の 『型』 が壊れ、他方で新しい型は生まれそうもない。いわば 『型なし』 状態になっている。私は特に教育に関心があって、日本文化のなかで人間形成の問題を考えると、『型』 を考えざるを得なくなった。」


 次回も引き続き、守破離の教えに見られる 『型』 の概念を、文化、教育、そして特に 「自由」 と結び付けて考えていきたい。

2010年2月11日木曜日

自由を捨てて自らを解き放つ Part I ~不自由なくして自由は生まれない~

 小関先生はよく過激なことを言うが、その中でも特に過激な名言がある。僕に、 「生徒を服従させろ」 と言うのだ。もしこの部分だけが全国ネットのTVや新聞で報道されたら、彼は間違いなくパブリックエネミーにされるだろう。だが、 『自分を持つということ② ~「守」「破」「離」~』や、 『叱るとは愛すること』や、 『守・破・離の前の信』を読んでくれた人は分かるだろう。小関先生にとって 「服従させること」 は 「人を信じることを教えること」 であり、 「背負わせること」 であり、 「愛すること」 である。


 それに、もし、 「何のために服従させるのか?」 と訊かれたら、きっとこう答えるだろう。 「彼らを自由にするためだ。」


 矛盾している、と思うかもしれない。でも、僕が解釈するに、これはまさに 「守・破・離」 の哲学そのものだ。 「型こそが自由の前提」 と 「守・破・離」 の教えは説いているように思えてならない。


 何も無い所から自分独自の型を見つけることはできない。

 人を知らずして自分を知ることはできないのと同様に、

 人は、型を守ることを通して初めて自分独自の型を持つ。

 不自由なくして自由は生まれない。

2010年2月6日土曜日

自分を信じるために人を信じ、自由を捨てて自らを解き放ち、自由になって不自由を楽しむ

まえがき ~ 一つが全部 ~



    「一つが全部」



 この言葉を何度小関先生から聞かされてきたことだろう。
その度に、 「はい」 と答えてはきたものの、今になってようやく 「そうだよな」 と思う自分がいる。「一つできる奴は全部できる」 という言葉も今だから納得できる。


 小関先生に教わったこと、自分が先生のもとで経験したことを振り返りつつ、 『先生の教え』 というカテゴリーで実に様々なことを書いてきた。でも、読み返せば読み返すほど、全てが繋がっているのが見えてくる。いろいろな状況でいろいろな言葉を聞いてきたが、先生が教えたいことはみんな同じことで、それはまさに「守・破・離」そのものなのだと思う。


 「守・破・離」 の教えは矛盾に満ちている。小関先生の言葉を道しるべに 「守・破・離」 を考えていくと、一つのメッセージが見えてくる。


自分を信じるために人を信じ
自由を捨てて自らを解き放ち
自由になって不自由を楽しむ


 3回に分けて、これらを一つひとつ考えていこうと思う。



1.自分を信じるために人を信じる

① 「信じる」 ことの意味


人は、他人を知ることなく自分のことを知ることができるのだろうか

誰も深く知らずして、自分を深く知ることができるのだろうか

誰も信じることなく、自分を信じることができるのだろうか



 小関先生が頑なに 「信」 そして 「守」 の大切さを中学生に教えるのは、彼の哲学の根底にこのような問いがあるからではないだろうか。小関先生はきっと、人を信じることを通して生徒に自信を持たせ、人を信じ抜いた時に見える世界を生徒たちに見せたいのではないかと思う。



 小関先生にとって、 「信じる」 こととは心を全開にすることを意味している。中途半端に信じることは 「信じる」 うちに入らない。例えば、剣道部の生徒が完全に小関先生を信じた時、生徒は自分がした良いことだけでなく、悪いことや普通だったら言い辛いことまで先生に報告するようになる。隠していてもすぐに見透かされてしまうからというのもあるが、先生が心から自分のことを考えていてくれていることを生徒は分かっているし、先生に叱られることが自分のためになると知っているからだ。上級生になればなる程、自分から先生に叱られに行く。叱られるのが嬉しいのだ。彼らは言う、 「先生に叱ってもらった。」



 もう一つ。小関先生にとって、「信じる」ことは決して一方通行ではない。なぜならば、 『勝って己の愚かさを知る Part II ~可能性無限~』 でも書いたように、子ども一人ひとりが無限の可能性を持っていると信じている小関先生を信じるということは、自分の無限の可能性を信じるということでもあるからだ。だから、信じるということは、同時に先生の想いを背負うことでもある。これが大変なのだ。自分は一生懸命やっていると思っている生徒に先生はさらりと言う。 「お前はまだ10%の力しか出してない。」



② 自信は 「他信」

 中学校で部活の顧問などをやっていると、試合で、 「自分を信じて思いっきりやってこい!!」 などと激励する監督を目にすることがよくある。実際、自分もその一人だったのではないかと反省している。でも今になって、これは非常に無責任なことなのではないかと感じる。試合の命運が分かれるような大事な場面になればなるほど、このような激励は選手にとって酷である。




 中学生に 「自分を信じろ」 と言っても、どこまで信じ切ることができるだろうか。自分に対する自信など脆いものだ。自分の強さを知っているだけでなく、自分の弱い部分も知っているのだから。最後の最後で迷いが生じるのではないだろうか。



 その意味では、自分を信じるよりも他人を信じる方がよっぽど楽だ。  『自分を持つということ① ~信じること~』 でも書いたが、小関先生に対する信頼こそが、剣道部の子たちの自信そのものだ。普通だったら名前を聞いただけでも震えあがるような全国の強豪相手にも、小関先生が 「負けるわけがない」 と言えば、臆さずに闘ってくるのだ。それでも負けた時には、先生が全責任を負うのだ。「自分を信じろ!!」 などと言って子どもに責任をなすりつけたりはしない。



 前に、 『勝って己の愚かさを知る Part III ~人々の想いを背負って~』 で紹介した子が良い例だ。中学校女子個人の部で日本一になった子だ。

全国大会女子個人の部、優勝候補とのベスト8懸けの試合。 「水入り」 を挟む10分を超える死闘に決着をつけて帰ってきた彼女の言葉が全てを物語っている。





   「だって先生笑ってたから…。自分の感覚信じろって言ったじゃない。

   先生が笑ってたから自信持って打てた。」





 最初から自分を信じ切れる人間などいないと思うし、もしいたとしたらそれはただの傲慢でしかない。人は努力をし、失敗を積み重ね、人に認められて初めて自信をつける。



 小関先生の教えは我々にこう問いかける。


人は、誰も信じることなく、自分を信じることができるのだろうか?

2010年2月1日月曜日

「守・破・離」 の前の 「信」 (1~3)



1.修行に必要とされる心の土壌


 今回の帰国で小関先生が口にした言葉で、もう一つ引っかかる言葉があった。



    「守・破・離」 の前には 「信」 が来る。



 「守」 「破」 「離」 については以前も 『自分を持つということ ② ~「守」「破」「離」~』 で書いた通りで、剣道やその他の武道、茶や能などの日本古来の伝統芸能などで、 「道」 を究めるための精進の過程を表している。



 最初の段階は 「守」 で、与えられた型を守ることを意味している。何日も何カ月も何年もその型を守り抜いた者は、初めてその型を破り、応用できるようになる。これが 「破」 だ。しかし、型を破ったことにいつまでもとらわれている者に道を究めることはできない。その執着から己を断ち切った者のみが、何にもとらわれない 「離」 の境地に立つのだという。



 これからもわかるように、この精進過程に 「信」 は見当たらない。では、小関先生が考える「守・破・離」 の前の 「信」 とはどういうことなのか。小関先生は言う。





    「信」 とは人を信じる 「信」 であるし、自信の 「信」 でもある。





 誰もが最初から修行に入る精神の準備ができているのか。誰でも 「今日からこれをしっかりと身につけなさい」 と与えられた型を守ることができるのか。これらの疑問が 「信」 の根底にあり、ここで問われているのは修行に必要とされる心の土壌なのだと思う。



 



2.「教えが入る」

 小関先生がよく使う言葉に、 「教えが入る」 というのがある。
それは、先生があの手この手で指導してきた子どもが、先生が言い続けてきたことをやっと理解し、先生の教えを受け入れる瞬間を意味している。もっと言えば、それは子どもが変わる瞬間でもある。



 小関先生の剣道部を例にとって話してみよう。子どもたちの誰もが最初から小関先生を信用するわけではないし、先生の教えを受け入れられるわけでもない。実際、うわべだけで話を聞いている子も始めは少なくない。



    「お前たち、わかったな。」



 さもわかったようにうなずく生徒たちに、先生はにやりと笑いこう言う。



    「そうか。でもな、知っていることとわかっていることは違うんだぞ。」



 部内の人間関係、部員の生活態度、試合展開など、あらゆることにおいて小関先生は予言をする。



    今こうだろ?次にこうなって、こうなって、最後はこうなるぞ。見てろ。



そしてそれらの予言が全て当たるのだ。そう考えてみると、小関先生の教え方は剣道そのものだ。自分がこう動いたら相手はこう動く。それに対して自分がこう出れば相手はこうなるだろう。常に先を読んで勝負しているのだ。



 そのような予言的中が繰り返され、生徒は少しずつガードを下ろし始める。そして気付くのだ。







    全部先生の言ってる通りになる。





 そうなってしまえば後は時間の問題だ。タイミングは生徒によって様々だが、ここぞと思う時に小関先生は勝負をかけるのだ。狙っているのは 「教えが入る」 瞬間であり、それは生徒自身の 「無知の知」 の気付きに他ならない。







    自分は知っていただけで本当は何もわかってはいなかった。





 

 こうして生徒は小関先生の 「バカ!」 を受け入れ、初めて 「守・破・離」 の 「守」 へと入っていくのだ。





3.前提としての 「信」

 一つの疑問が残る。
では、なぜ 「守・破・離」 の教えには 「信」 が明示されていないのか。



 小関先生と話をしていて、きっと 「信」 は精進の道に入るための 「前提」 だったのではないかという結論に至った。新たな疑問が生まれる。ではなぜそれが前提として成り立っていたのか。なぜ今の時代、小関先生のような教員が子どもに 「信」 から教えなくてはならないのか。きっとそれは、 「守・破・離」 の教えが確立された時代には存在し、徐々に失われてきた地域や家庭の教育力だったのだろう。



 もし子どもが、何の疑いも持たず、人の良さだけを信じるまっさらな状態で学校や道場に来たら、おそらくその学校の教員や道場の師範は、 「信」 から取り組む必要はないだろう。これは今の時代、非常に珍しいことなのではないかと感じる。



 今日、多くの子どもは不信感に満ちている。そして、それこそが教育の邪魔をしているように思えてならない。子どもたちは、見知らぬ人に話しかけられても絶対に話すんじゃない、学校の教員より塾の先生の言うことをしっかりと聞きなさい、と家では言われ、テレビや新聞からは信じられないような悪質な事件や学校教育や教員を疑問視するニュースを毎日のように聞かされている。放課後や週末に通うピアノや水泳も、多くの子にとって 「習い事」 の一つでしかなく、子守の代わりと認識している親もいたりする。



 今日、親の言葉はどれだけの重みを持って子どもの心に届いているのだろう。
これは2児の父である自分にとっても非常に重い問題だ。もし、親の言葉が子どもにとって絶大の意味を持ち、その親が 「学校で先生の言うことをしっかりと聴きなさい」 と伝えていたら、教員が 「信」 から取り組む必要はまずないだろう。それに、もし大人たちが地域を挙げて教育に取り組み、学校や道場を支援していたら、子どもたちはすんなり 「守」 から入ることができるのではないだろうか。







 小関先生の剣道部の生徒たちと話をしていると、いつも心が洗われる想いがする。これは以前、 『子どもこそ大人、大人こそ子ども』 で言いたかったこととさして変わりはないように思う。生徒たちが本当に無垢で子どもらしいのだ。何よりも、多くの子たちは人の良さ心から信じている。だから、話をする時は怖いほど近くまで寄って来て、人の話を真剣に聴こうとするのだ。そんな生徒たちを前にすると、話すこちらの方の身が引き締められる想いがする。



 もちろん、小関先生自ら土壌づくりをしてあげた子も少なくないが、中には最初から 「信」 の前提を持ってやって来た子もいる。そんな子たちは決まって、子どもを本気で一流にしようと思っている一流の親を持っている。



 



 今、こうして書きながら、自分に言い聞かせている。他のことができなくてもいい。ただ、人の良さを心から信じられる子どもを育てたい。そして、願わくば、親が安心してそのような子育てをできる社会があれば、と思う。