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2011年11月22日火曜日

Occupy Wall Street のポテンシャル



過去2回に渡り、様々なメディアで報じられているOccupy Wall Street (OWS) 運動の共通点について書いてきた。最近特に目立つのは、政府との衝突が増えていることだ。


先月、10月1日、ニューヨークではOWSのデモ隊がブルックリン橋を行進。それに対して、NY市警は実に700人を逮捕するという過剰とも思える措置で対応。アメリカ史上最大級の一斉逮捕となった。


そして、mmさんが 『Occupy Wall Street最大の意義』 に対するコメントで書いてくれたように、最近はこの平和的(非暴力)運動に対する ‘police brutality’ (警察の暴力的弾圧)がニュースの一面を飾ることが多くなっている。

10月25日にはカリフォルニア州オークランドのデモで、イラク戦争退役軍人のScott Olsenが警察隊から撃ち込まれた物体を頭に受け、頭蓋骨骨折の重傷を負った。




11月15日の ‘Liberty Plaza’ テント村の強制撤去については既に書いた通りだ。

以下はUniversity of California-Davis校でのペッパースプレー事件の動画だ。



ただ座りこみをしているだけの大学生たちに対してペッパースプレーを吹きかけるというこの事件は、全米を震撼させた。結果的に、警官2人が停職処分になったという。

なぜ政府はこれほどまでに重厚な警戒態勢をしいているのだろうか?

アメリカ国内でも、未だに多くの人々がOccupy Wall Streetを取るに足らない運動と見ている。しかし、これらの政府や警察の過剰反応こそがこの運動のポテンシャルを何よりも示唆しているように思う。

以前 『日本への警告』 で紹介した『ショック・ドクトリン』の著者、ナオミ・クライン(Naomi Klein)は、ガンジーが示した非暴力民衆運動が成功する道筋を引き合いに出して、この運動の行方を占っている。

ガンジーは言った。


“First they ignore you, then they laugh at you,

then they fight you, then you win.”


「権力者たちは最初は無視し、次に嘲笑い、最後には闘いを挑んでくる。
そうなったらもう勝利はこちらのものだ。」

Occupy Wall Streetが正しい方向に進んでいることは言うまでもない。

2011年5月23日月曜日

公立学校の解体 ~日本への警告 7~

(5月22日アメリカ教育最前線から)

 ハリケーン・カトリーナ後のニューオーリンズの教育政策で明確なのは、従来の学校システムの解体が、極端な規制緩和と民営化を可能にしたということだ。もともと州の不十分な教育予算のために貧しいコンディションにあったニューオーリンズの公立学校だが、その80%は、カトリーナにより壊滅的な被害を受けた(Buras, 2009)。しかし、瀕死の状態であった従来の学校システムが求めていた支援の手は、いつまで待っても来ることはなかった。 

 カトリーナ直後、ミルトン・フリードマン(Milton Friedman)を始め、Heritage Foundationなどの保守的シンクタンク等に所属する彼の崇拝者たちが、システムが完全にダウンしているその機会に、民営化、規制緩和、そして公的部門の大幅財政カットという、ショック・ドクトリンのトレードマークとも言うべき3本柱を軸とした劇的な教育改革に取り組むべきだと主張したことは既に書いた。カトリーナから5か月後の2006年1月、教育民営化論者として知られるUrban InstituteのPaul T. Hill and Jane Hannawayは、The Future of Public Education in New Orleansニューオーリンズの公教育の未来というレポートにて、全国の学校システムのモデルとして新しいニューオーリンズ市学校システムのビジョンを描き、以下の点を主張した(Saltman, 2007)。

1. 従来の公立学校の再建を拒否
2. 教員の一斉解雇
3. 教員組合の解体
4. 教育における中央集権の撤廃
5. エジソンスクールなどの営利目的の教育企業及びその他の組織などによる学校運営の承認

 結果的に、ニューオーリンズ市の学校システムはこの主張の通りに再構築される形となった。2005年11月、カトリーナ後3カ月というスピードで、Act 35という一つの法がルイジアナ州政府によって採択された。“the state takeover bill”(州乗っ取り法)との異名をとるこの法案は、復興支援法案であるにもかかわらず、「成績不振」校の基準を上げることにより、ニューオーリンズ市のほとんどの学校を成績不振校として州教育委員会の管理下に置くことに成功した。Act 35以前の基準であれば、該当はたった13校であったはずなのに、2005年11月には全128校のうち107校が州の管理下に置かれることになった。

 また、これと時を同じくして4000人の教員(そのほとんどは黒人、ベテラン、組合員)が、災害による財政カットの名目で一斉解雇され、最終的には2006年1月までに7000人いた職員のうち61人以外全員が解雇されるに至った。この同じ月に、ニューオーリンズ市長が、世界レベルの教育を目指すべく完全チャーター制学区の形成を提案したところ、そしてブッシュ政権が$488 million(約400億円)もの予算をバウチャー制度導入に提示したところを見ると、従来の学校システムの再建は、新しいニューオーリンズ市の教育ビジョンには最初から含まれていなかったことがうかがえる。


実際に、カトリーナから4カ月が経過したこの時期に、再び開校にこぎつけた学校は市内128校のうちのたった20校、学校に復帰できた生徒は62,227人中10,000人強に過ぎなかったCapochino, 2007。その後、十分な数の座席が確保されなかったこと、貧しいアフリカ系アメリカ人や障害を持った生徒など、一部の生徒が学校に受け入れられなかったことで数多くの訴訟が発生した。しかし、これらの学校の再建は一向に進まず、カトリーナ後1年経ってもまだ、これらの学校の生徒たちの多くは、教えてくれる先生はおろか、本や勉強するための施設さえも与えられない状態が続いた(Buras, 2009)。

ここで、先に紹介した保守的シンクタンクの一つであるUrban Instituteが発表した「ニューオーリンズの公教育の未来」レポートで掲げられた5つの主張が、今日アメリカの多くの州で現実となっていることを指摘しておくべきであろう。

まず、今のトレンドは、従来の公立学校の「解体」であって、成績の伸び悩む学校を「改善」することではない。連邦政府教育長官のArne Duncan(アーン・ダンカン)は、よく “school turnaround” という言葉を口にするが、彼の理念は実際には学校を一度閉鎖し、チャータースクールとしてリオープンすることで、“school takeover”と呼んだ方がふさわしい。現に、シカゴ市の教育長を務めていた時代に彼が主導したRenaissance 2010というプロジェクトは、成績の悪い100の公立学校を閉鎖し、営利・非営利目的のチャータースクール、コントラクトスクール、マグネットスクールとしてリオープンし、学区の規制に捉われずに運営することを承認するものだった(Saltman, 2007)。アメリカ教育界を翻弄している連邦政府主導のNo Child Left Behind (NCLB)も基本的には同じ路線だ。NCLBは、成績の悪い学校に対してはサポートではなく、段階的な罰を与える。そして、最終的には学校閉鎖、そしてチャータースクールとしてのリオープンに至る仕組みだ。また、NY市でも今年だけで合計27の学校が閉鎖されていて、そのほとんどは来年度からチャータースクールにとって代わられることになる(Gotham Schools, April 29, 2011)。

 NCLBに関して、Alfie Kohnが次のような指摘をしている。

“NCLB itself appears to be a system designed to result in the declaration of wide-scale failure of public schooling to justify privatization.”[1]

NCLBは、民営化を正当化するために、公立学校教育が広範囲で成績不振の結果を生みだすようにデザインされたシステムのようだ。」


 言うまでもないが、これは先に紹介したAct 35の説明そのものであり、Saltman (2007)やTaubman (2009)が、NCLBを教育政策におけるショック・ドクトリンの適用 ― つまりアメリカの教育が危機的状況にあるということをNCLBが証明することによって劇的なショックトリートメントを可能にすること ― と分析するのは、まさにこのような理由からだ。フリードマンの言葉が思い出される。



「現実の、あるいは仮想の危機だけが真の変化を生む」


変化は確実に起こった。現在、既に都市としてアメリカで最多のチャータースクールを誇るニューオーリンズだが、2012年までにはおよそ75%の公立学校がチャーター化されるという。


あとがき
ここまで、いかに従来の公立学校システムの解体がバウチャー制度やチャータースクールの大規模な導入による劇的な教育改革を可能にしたかを述べてきた。今後、これらの取り組みが生む教育機会の不平等を考えていきたい。


[1] NCLB and the Effort to Privatize Public Education, in Many Children Left Behind, Deborah Meier and George Wood (Eds.), Boston: Beacon, 2004, pp. 79-100.

2011年5月22日日曜日

公教育における「公」と「私」の境界の不透明化 ~日本への警告 6~

(5月23日 アメリカ教育最前線から)


「本当に危機に瀕しているのは教育における
真の“パブリック(公共)”という概念そのものだ…。」

(“In fact, the very concept of
a truly ‘public’ education is at stake…”)



 これは、Kristen Burasの2009年の論文(We have to tell our story’: Neo-griots, racial resistance, and schooling in the other south.)からの引用だ。「公教育」とその「概念」とを区別しているところが実に興味深い。

 2005年のハリケーン・カトリーナ後、ルイジアナ州ニューオーリンズでは、州政府だけでなく、連邦政府やその他学校選択制及び民営化の実現を追求する様々な組織の支持を受け、アメリカ史上最大の公立学校チャータースクール化が進められた。非営利団体だけでなく、営利目的の会社も広く招かれ、公的資金により実に多くの学校が新設された。それにより、学区制は廃止され、選別されることなく誰でも地元の学校に入れるという伝統的な公立学校の概念はもはや過去のものとなった。

 あれから6年、今ではチャータースクールのない学校システムを想像する方が難しいほど、チャータースクールは着実にアメリカの教育システムの中で市民権を得てきた。チャーターの他にも、私立学校に通う子どもを持つ家庭に公的資金からの補助金や免税が与えられるバウチャー制度なども、公教育のディスコースの中でよく語られるようになった。つい昨日も億万長者によって展開されるバウチャー制度のこんな記事があったばかりだ。まさにここに見られるのは「公教育」という概念の変遷と拡大であり、「公」と「私」の境界の不透明化だ。これは、今日のアメリカ教育を支配する新自由主義的市場型教育改革を分析するにあたり非常に重要な視点だと考えている。これ念頭に置き、話を進めていきたいと思う。


(続く…)

2011年5月21日土曜日

今日の教育情勢を読み解く鍵 ~日本への警告 5~

(5月21日 アメリカ教育最前線から)

社会を取り巻く大きな流れが、
      教育という場でいかなる形にて表現されるか。


 教育を社会から切り離して考えることはできない。だからこそ、ある教育政策や教育問題を見つめる時、それを取り巻く社会的、政治的、文化的、歴史的背景の中に位置づけることが必要となってくるのであり、時空から独立した一つの点として教育だけを抽出してみても、問題の本質もわからなければ、その解決にもならない。

 過去4回、カナダ人ジャーナリスト、ナオミ・クラインの世界的ベストセラー、『ショック・ドクトリン』をレンズとして、1973年のチリのクーデターに始まり、2003年のアメリカによるイラク進出、2004年のスマトラ沖地震、2005年のアメリカ本土を襲ったハリケーン・カトリーナなど、一見「アメリカ教育最前線」とは何の関係もなさそうなことについて書いてきた。『ショック・ドクトリン』の最大の意義は、これらの事件を通して見えてくる新自由主義の世界的な広がりを綿密な調査と膨大なデータに基づき、実に約600ページに渡って描き出す(引用されたデータは全てウェブにアップされている)ことで、教育など、今日のアメリカ事情をその大きな流れの中で分析する術を与えてくれることだ。

 現に、クラインのセオリーはノーベル経済学賞受賞経済学者のJoseph E. Stiglitz(2001年受賞)やPaul Krugman (2008年受賞)を始め、様々な学術分野で広く引用されている。教育学も例外ではない。若手のKenneth Saltmanや2010年のAmerican Educational Research Association (AERA)並びにAmerican Association for Teaching and Curriculum (AATC)両団体の年間最優秀賞を受賞したPeter Taubmanも、受賞作品Teaching by Numbersの中でショック・ドクトリンがいかにして教育の場で用いられてきたかを綴っているし、クラインの分析はHenry Giroux(Beyond the biopolitics of disposability: Rethinking neoliberalism in the New Gilded Age)やCameron McCarthy(The new neoliberal cultural and economic dominant: Race and the reorganization of knowledge in schooling in the new times of globalization)などの巨匠の研究をもインフォームしている。

 ちなみに、過去4回の投稿が、過激すぎる!偏っている!日本の人々の不安を煽っている!最初の主旨からずれている!アカデミックじゃない!一緒にされたくないっ!!とのお叱りをこのブログの編集仲間たちから頂戴し、この一週間、人知れず大いにへこんでいたところだ。また、「ニューオーリンズに行ってから変わった」との指摘も受けた。確かに心当たりはある。今回そこら辺から始めようと思う。ただ、シリーズタイトルの「日本への警告」に関しては、色々考えたがそのまま残しておきたいと思う。実際、少しでも日本の人々の危機感を高めることができたなら、という気持ちでこれを書いている。書かずに後で後悔するくらいなら、オーバーリアクションと取られた方がよっぽどましだ。ナオミ・クラインは、ショック・ドクトリンに立ち向かうには、我々が「ショック・レジスタンス」(ショックに耐え得る力を持つこと)になることだと言っている。そして、インフォメーションこそがその鍵なのだと。少しでもインフォメーションの共有に貢献できればと思う。

 では、忘れる前に…。

*ここに書かれている意見は、完全に筆者個人のものであり、このブログやティーチャーズカレッジを代表するものではありません。

 およそ一か月前、学会発表のため、ニューオーリンズに行ってきた。自分の発表の他、著名な学者たちの発表を見るだけでなく、2005年のハリケーン・カトリーナが残した爪跡を見学したり、このブログから始まった「世界から日本へ1000のメッセージ」のメッセージを地元の人々から集めたりと忙しく動き回ったが、自分にとっての最大の山場は意外なところにあった。

 滞在最後の夜、ニューオーリンズの教員組合とAmerican Educational Research Association (AERA)のSocial Justiceグループが合同開催したイベントに参加したのだ。University of Wisconsin-MadisonのMichael Apple教授が参加するセッションを探していて偶然見つけたものだった。(実際には彼は当日欠席となってしまった。)そこには地元の教員たち、彼らと密接に仕事をしているKristen Burasという一人の若い教育学者(Appleの弟子でもある)、それにAERA参加のためにニューオーリンズを訪れていた大学院生やごく少数の学者たち、およそ40名が集まった。

 前半は地元の教員たちとKristen Buras教授が、カトリーナ後のニューオーリンズにおける教育政策について一人ずつ話をしたのだが、そこで聞いた話はどれも耳を疑うような悲惨なものばかりだった。まずはカトリーナの翌年早々に、“disaster unemployment”(災害解雇)と称して、ニューオーリンズ市の教師が4000人一斉に解雇されたこと。そして解雇されたうち4人に3人は黒人であったこと。どうしても復職を希望する教員は、8つの異なるテストをパスすることが条件として求められたこと。そのような屈辱を受けることを拒否し、他の都市で教えることを選んだベテラン教員が数多くいるということ。運良く解雇を免れた者も、それまでの倍以上のお金(月々$790)を自己負担しなければ福祉の手当ても受けられなくなったこと。損害を免れ再び開校した学校も、成績が悪いとの理由で次々と閉鎖、チャーター化され、その度に教員は一斉解雇されたこと。自分が以前勤めていた学校がチャーター化された場合、定年者は福利を受ける権利を剥奪されたこと。それらの理由により、ニューオーリンズでは何歳になっても安心してリタイアできない状態であること…。

 これらの実体験を教員たちの口から聞くのは、非常にパワフルな体験だった。5週間前に第一子を出産したばかりというニューオーリンズ出身のKristen Buras教授も、2005年以降ニューオーリンズで「改革」の名のもとに実施されてきた政策を感情露わに批判していた。そのようなことを一つも知らなかった自分は愕然とし、「伝えねば」という強い想いが自分の中に芽生えるのを感じていた。この、「日本への警告」シリーズを書き始めたのは、まだ興奮冷めやらぬニューヨークへの帰りの飛行機の中だった。ニューオーリンズに行ってからトーンが変わったと言われても仕方のないことなのかもしれない。

 ニューヨークに戻り、カトリーナ後のニューオーリンズの教育政策をリサーチし始めると、二つのことがわかってきた。一つは、壊滅的な被害を受けたニューオーリンズの学校システムが、市場型教育改革(又は新自由主義的教育改革)の実験場として絶好の機会を提供したこと、二つ目はその「改革」の手法―ショック・ドクトリンの教育政策における適用―が今日のアメリカの至る所で使われており、結果的に公教育の危機を招いているということだ。その意味で、昨年のロードアイランド州に始まった教員一斉解雇の動き、ウィスコンシンから広まった今日の公務員団体交渉権剥奪運動、全国で広がりを見せる教育の民営化運動を正確に読み解く鍵がニューオーリンズにあると思っている。
(続く…)

2011年5月7日土曜日

誰のため、何のための復興なのか? ~日本への警告 4~

(4月30日 アメリカ教育最前線から)

 ここ数回に渡り、ミルトン・フリードマンとその崇拝者たちがクーデターや自然災害などの社会危機に乗じて推し進めてきた市場原理主義的経済改革の恐ろしさを、社会危機のさなかにある母国日本への警告として綴っている。

一つ注意しておきたいのは、私は規制緩和や民営化という概念自体が問題だと言っているのではないということ。ただ、1973年のチリのクーデター、2003年のアメリカによるイラク進出、2004年のスマトラ沖地震、2005年のアメリカ本土を襲ったハリケーン・カトリーナなどで、市場原理主義者たちが経済改革の手法として用いてきた「ショック・ドクトリン」(ナオミ・クラインによる命名)は、国の利益を第一に考えたものであり、その「国」そして「利益」のビジョンの大部分を占めるのは一部の企業とエリートだけであり、それ以外の人々、特に被災者や貧困層などの社会的弱者は必然的に恩恵の外へと追いやられることだ。

現に、1973年のクーデター以降、独裁者ピノチェトに経済アドバイザーとして迎え入れられたフリードマンと彼のシカゴスクールの教え子たちによる経済政策によってチリの経済は活性化したものの、現在チリは南米で最も貧富の差が大きい国の一つになってしまった。

イラクでも間違いなく一番恩恵を受けたのはブッシュ政権から様々な事業を委託された大企業たち。そして、彼らが銃弾の飛び交う危険地帯(レッド・ゾーン)の真ん中に造り上げた安全地帯(グリーン・ゾーン)の利権を買えるのはイラク人以外の外国人とイラク人政治家たちだけだ。ほとんどのイラク人はいつ撃たれてもおかしくない状況で暮らすことを余儀なくされた。

スマトラ沖地震でも同じことだ。津波で壊滅した海岸沿いの無数の漁村が、今では一大ビーチリゾート地になっている。パニックに乗じてそれら全ての土地が、地元の人々との交渉もないまま海外の企業家たちにタダ同然の値で手渡されたのだ。それもその筈、スリランカ政府が復興事業を委託するために立ち上げた外的機関Task Force to Rebuild the Nation (TAFREN)のメンバー10人のうち、5人が観光産業の要人だったのだ。(詳細はTourism Concernレポートを参照のこと。ちなみに、現在ミシガン州で新知事スナイダーにより初の「非常事態宣言」が発令され、町全体が企業の管理下に置かれようとしているBenton Harbor。知事によりそこの非常事態マネージャーに任命された人物は、何年もの間、町の人々の唯一の財産であるビーチラインの公園を一大ゴルフリゾートにするために立ち上げられたNPOの理事を務めてきた人物だ。詳しくはこちら。)

『ショック・ドクトリン』の中で、ナオミ・クラインがスリランカ政府の声明を引用している。

“In a cruel twist of fate, nature has presented Sri Lanka with a unique opportunity, and out of this great tragedy will come a world class tourism destination”

「残酷な運命のいたずらで、自然の力がスリランカにまたとない機会をもたらした。この未曾有の悲劇から世界有数の観光地が生まれることだろう。」

このような地上げ行為はハリケーン・カトリーナが襲ったニューオーリンズでも起こった。一大観光地であるフレンチ・クウォーターのすぐ隣には、幾つもの公団が立ち並んでいて、カトリーナ以前から企業家たちがそれらの土地を狙っていたのだ。カトリーナがそれらの地域に壊滅的なダメージを与えた時、ニューオーリンズ有数の共和党議員がロビーイストたちにこう言った。

“We finally cleaned up public housing in New Orleans. We couldn’t do it, but God did it.”

「とうとうニューオーリンズの公団を片づけることができた。我々はできなかったが、神がやってくれた。」

 復興作業がいつまでたっても進まないために避難したニューオーリンズの多くの人々が戻れない状態が続き、空き家になっている家々は次々と没収されていった。カトリーナから一年が経過した2006年9月には、St. Bernard Parishの4000の家が壊され、一年半後の統計ではニューオーリンズの人口はカトリーナ前の約半分の444,000人に減っていた。明らかにアメリカ政府が貧困層の人権を守る努力をしていない状態を見て、とうとう国連が2006年7月28日に非難声明を出したほどだった。(詳細はTeaching the Leveesから。)

 前にも書いたが、このように世界中で同じようなことが繰り返される状態を見て、知識人やジャーナリズムにいる多くの人間が訴えている。


 これはもはや「ミス」ではなく、実は緻密な計画に基づいたものでる。


(続く…)

*ここに書かれている意見は、完全に筆者個人のものであり、このブログやティーチャーズカレッジを代表するものではありません。

2011年5月5日木曜日

災害を喰いものにする政治家と大企業 ~日本への警告 3~

(4月29日 アメリカ教育最前線から)

1970年代から自然災害やクーデター等による社会危機を利用して市場原理主義を推し進めてきたミルトン・フリードマンとその崇拝者たち。2005年のハリケーン・カトリーナによって壊滅的な被害を受けたニューオーリンズは、アメリカにおける彼らの絶好の実験場となった。

 ニューオーリンズの堤防が決壊してから2週間後、ワシントンDCにおいて最も影響力を持つ保守的シンクタンクの一つであり、フリードマンの崇拝者が数多くいるHeritage Foundationが会合を持ち、“Pro-Free-Market Ideas for Responding to Hurricane Katrina and High Gas Prices”(ハリケーン・カトリーナと石油高騰対策としての自由市場推進案。別名Opportunity Zone。)という合計32もの政策から成るリストを発表した。

それらは民営化規制緩和、そして公的部門の大幅財政カットという、ミルトン・フリードマンとその崇拝者たちが、チリ、イラク、スリランカなどで使ってきたショック・ドクトリンのトレードマークとも言うべき3本柱を要求する内容だった。そしてそれは復興支援とは名ばかりの、人道支援や民主主義とはかけ離れた市場原理主義推進政策だった。

 良く考えて欲しい。この民営化、規制緩和、そして公的部門の大幅財政カットという3本柱は、今まさに共和党が実権を握っているほとんどの州で行っていることだ。プリンストン大学のノーベル賞受賞エコノミスト兼NY Timesの人気コラムニストであるPaul Krugmanが、ウィスコンシン州から始まったこの一連の動きを、“Shock Doctrine USA”と分析したのも納得だ。もう一点。約一週間前、アメリカの有力経済誌The EconomistJapan's disaster and business reform: A good place to start(日本の災害と経済改革:良きスタート地点)という、上の自由市場推進案と非常に類似した提案を日本の指導者に向けて発信している。「まさか日本でも」と危惧して調べていたら遭遇した情報だった。Shock Doctrineが日本でも使われる可能性は無きにしも非ず、その危機感が、今私にこれを書かせている。これらの二点に関してはまた機会を改めて書こうと思う。

話を元に戻そう。先の自由市場推進案は、Heritage Foundationで持たれた会合に出席していた共和党保守派の政策研究グループが提案し、一週間も経たないうちにブッシュ大統領によって採用された。



民営化
 カトリーナ後の復興政策で際立っているのは、復興のあらゆる側面における民間企業への委託だ。被災した軍隊基地や橋などの建築、暴動対策などの警備、仮設住宅作り、死体処理に至るまで、災害のどさくさにまぎれて入札なしに委託された。その多くはイラクでもブッシュ政権に委託されて事業を展開している企業で、全てがブッシュの選挙に貢献した大企業だった。入札無く委託されたため、それらの企業は各事業に信じられない程高額な請求書を書く一方で、仕事はなかなか進まなかった。ブッシュは再三追加予算を国会で迫り 、カトリーナ上陸2週間後の9月13日には、実に一日$1 billion(約817億円)ものお金を復興に費やすまでになっていた。イラクの時と全く同じ展開に、スパイク・リー、ナオミ・クライン他、知識人やジャーナリズムにいる多くの人間が、カトリーナの「対応のまずさ」は、実は緻密な計画に基づいたものであったと考えている。

もう少し具体的に見てみよう。仮設住宅作り一つをとっても、入札なしに委託された4つの企業の予算は、当初の$400 millionを遥かに上回り、最終的に$3.4 billion(約2778億円)となった。また、死体処理に関しても、委託された企業は1体あたり平均100万円以上ものお金を州政府に請求した。にもかかわらず、その仕事は驚くほど遅く、1週間経っても炎天下の下で死体が放置され、NGO職員または地元の人間が死体処理した際には、彼らの利権を侵害したという理由で罰金が科される始末だった。

この企業だけではない。驚くことに、ブッシュ政権に委託された企業の多くが、地元のボランティアや救済のために駆け付けたNGO、送られてくる支援物資などが彼らの利権を侵害していると政府に不満を呈した。また、本来であれば被災地で仕事を失った人々を雇用するべきところだが、代わりに多くの企業が非公式に最低賃金以下で違法移民を雇用し、地元の人は手をこまねいて見ている他なかった。(これは、先に述べた自由市場推進案によって、Davis-Bacon prevailing wage lawsという、政府に仕事を委託された人間には生活可能な賃金を支払う義務があるとする法案を被災地においては撤廃するという新たな法案ができたからだ。)これらのカトリーナ復興事業に関わった民間企業の数々の汚職に関しては、約一年後に公表されたレポートに詳しくまとめてある。

(続く…)

*ここに書かれている意見は、完全に筆者個人のものであり、このブログやティーチャーズカレッジを代表するものではありません。

2011年5月3日火曜日

これがアメリカなの? ~日本への警告 2~

*この記事は、元々もう一つのブログ『アメリカ教育最前線!!』に載せたものです。一人でも多くの日本人にこの事実を知ってほしいと願い、この場でシェアさせてもらっています。



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【主張】教育政策担当: 鈴木


 ニューオーリンズがハリケーン・カトリーナによって水没してから約半年後の2006年2月、メディアや民衆、上院・下院など、国のあらゆる側面から圧力を受けたブッシュ政権は、The White House Katrina Reportを公表し、その未曾有の被害は国の対応のまずさから起きたものであったことを認めた。

 しかし、カトリーナ後、一週間経ってもまだ被災者が崩壊した家の屋根から救助を求め、避難所となったスーパードームの外では死体がそのまま放置されているテレビの映像には、「対応のまずさ」だけでは理解できないものがあり、世界中を驚かせた。CNNのレポーター、Sanjay Guptaは「これがアメリカなの?」と問い、ボストンの有力紙、Boston GlobeのDerrick Z. Jacksonも、

“Here’s the wealthiest nation in the world—gave a Third World response to a major catastrophe”
「世界で最も裕福な国が大災害に対して第三世界並みの対応をした」と酷評した。

 では実際にどのような状態であったのか、アカデミー受賞監督、スパイク・リーの2006年作のWhen the Levees Brokeというドキュメンタリーフィルムが見事に映像として残しているので是非機会がある人は観て欲しいと思う。




そうでない人は以下の抜粋で我慢して欲しい。ちなみにこのフィルムは、George Polkテレビドキュメンタリー賞を始めとした、ジャーナリズムで最も権威のある賞の多くを受賞している。



 では、何がそのような「対応のまずさ」に繋がったのか。前回紹介したナオミ・クラインの『ショック・ドクトリン』は、ブッシュ政権の最大の狙いは人的救助にはなく、この社会危機をビジネスチャンスとして利用することにあったことを指摘する。

(続く…)

*ここに書かれている意見は、完全に筆者個人のものであり、このブログやティーチャーズカレッジを代表するものではありません。

2011年4月25日月曜日

ショック・ドクトリン ~日本への警告 1~

*この記事は、元々もう一つのブログ『アメリカ教育最前線!!』に載せたものです。一人でも多くの日本人にこの事実を知ってほしいと願い、この場でシェアさせてもらっています。


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【主張】教育政策担当: 鈴木


まえがき

 2005年、カリブ海諸国並びにアメリカ南部を襲ったアメリカ記録史上最大級のハリケーン・カトリーナをあなたは覚えているだろうか。被害総額も史上最大の99億ドル(今日の換算で約7兆6000億円)の損害を出した。中でも壊滅的な被害を受けたのがルイジアナ州ニューオーリンズで、市内の陸上面積の8割が水没、カトリーナによる死者1836人のうち、約86%がニューオーリンズで発見された。

 カトリーナ以降、「改革」という名目でニューオーリンズにてどのような恐ろしい政策が施行されてきたか、それが今日のアメリカ全体にどれだけ影響を及ぼしているかを知っている日本人はどれだけいるだろうか。約一ヵ月半前、カトリーナを遥かに超える災害に見舞われた日本。多くの市町村が壊滅的な被害を受け、学校システムも一から造り直す必要がある所も少なくないだろう。ポスト・カトリーナのニューオーリンズが発するメッセージ…。それは復興の険しい道を歩み始める日本にとって、警告に他ならない。



ショック・ドクトリン(The Shock Doctrine) 

 カナダ人ジャーナリスト、ナオミ・クライン(Naomi Kleinの世界的ベストセラー『ショック・ドクトリン』(2007)が今、アメリカで再び注目を集めている。




ショック・ドクトリンとはいったい何のことか。一言でいえば、ショック療法の経済的適用だ。ショック療法とは精神病患者に電気ショックを与え、まずは患者を子どものようなまっさらな状態に戻してから好ましい状態へと導いていくことを目的とする「療法」で、1950年代にはアメリカの秘密諜報機関であるCIAが目をつけ、拷問や洗脳などにも使われてきた。




では、ショック療法の経済的適用とは、何を意味するのか。それは、上のビデオでもあるように、自然災害あるいはクーデターなどで社会全体が麻痺に陥った時、人々がショック状態から立ち直る前に、過激で後戻りの効かないシステムを一気に構築することだ。具体的に言えば、市場原理主義に基づいた自由市場の構築で、教育、医療、郵政、電気やガス等のエネルギー資源、警察や地方自治体の行政に至るまで、政府が担ってきたあらゆる機能が民営化されることを意味している。もちろん、このような極端な政策は、社会が正常な状態であれば猛烈な反対に会う。だからこそ自然災害等の社会危機が必要なのだ。

社会危機の利用価値に目をつけ、ショック・ドクトリンを最初に提唱したのは、「新自由主義の父」とも称されるノーベル賞エコノミスト、ミルトン・フリードマン(Milton Friedman)だ。

フリードマンは言う。
“only a crisis—actual or perceived—produces real change”
「現実の、あるいは仮想の危機だけが真の変化を生む

驚くことに、このショック・ドクトリン、実はハリケーン・カトリーナの30年以上も前から存在していたという。最初の「実験舞台」となったのが1970年代のチリのクーデターで、フリードマンが社会危機の利用価値に最初に気付いたのも、クーデターによりチリの独裁者となったアウグスト・ピノチェトのアドバイザーとして彼がチリの経済改革に関与した時だったとクラインは指摘する。(ちなみに、チリではフリードマン及びシカゴ・スクールで彼のもとで学んだ数多くの教え子たちによる経済改革により、政府のあらゆる機関の民営化が行われ、瞬く間にフリードマンが夢見た自由市場を作り上げたのだ。教育に関しても、国全体でバウチャーを導入し、世界を驚かせた。)そして、その後もイラク、スマトラ沖地震などで磨きあげられ、30年もの間ずっとフリードマンと彼の崇拝者たちが待っていたアメリカ本土における危機こそがハリケーン・カトリーナだったのだ。

 カトリーナがニューオーリンズを水没させた3ヶ月後、93歳で衰弱していたフリードマンは、最後の力を振り絞ってウォールストリートジャーナルに寄稿したそうだ。その中で彼はこう言っている。

“This is a tragedy. It is also an opportunity to radically reform the educational system.”
「これは悲劇だ。しかし教育システムを劇的に改革する機会でもある。」

このフリードマンの言葉通り、ニューオーリンズはその後、アメリカにおける新自由主義的市場型教育改革の実験場としての道をまっしぐらに突き進むのであった。

(続く…)
*ここに書かれている意見は、完全に筆者個人のものであり、このブログやティーチャーズカレッジを代表するものではありません。