「下手クソでも一生懸命やっていればいつか必ず返ってくる。」
新米教師として、いつもこの言葉を励みにやってきた。教員の仕事は知識ではなく、経験やセンスに頼るところが大きい。そして経験やセンスの無さは、もがいてもどうにもならない部分がある。失敗から学ぶ他ないのだ。失敗を重ねる中、受け持たせてもらった生徒たちに対しては、
「下手くそだったけどあれが当時の自分の精一杯だった。申し訳ない!」
という開き直ることしかできない。内容はどうあれ、とにかく一生懸命やったと言える自負のみが最後の拠り所となる。
今回、21歳になった翼が、冒頭で紹介した小関先生の言葉が本当であることを改めて教えてくれた。
中学校生活最後の日、前日まで金髪だったのをなんで黒くしてきたかという僕の問いに対して、21歳の翼はこう答えた。
「あれだけいろいろやってもらったのに、最後の最後まで俺が変わらなかったら(大裕が)やってきた意味ねーじゃん。だから髪とか制服とか俺がカッコいいと思ってたことを崩しても最後はちゃんとやろうと思ったんじゃないの。」
翼は15歳だった自分の心をそう分析した。
ああ、そうだったのか。僕は衝撃を受け、眉間を竹刀で突かれたような目まいを感じた。
翼は隣に座る嫁さんに語るように続けて言った。
「だってあきらめなかったもんね。自然教室で俺が教頭殴った時も、(担任)は体調わりぃとか言ってバックレたけど、担任でも何でもなかった大裕が代わりにやってくれたもんね。その後も大裕だけは俺の話聴いてくれた。」
僕は全身に鳥肌が立つのを感じつつ、そこまで感じていたか、そこまでわかっていたか、と心から感動した。と同時に、自分は何て愚かだったのだろうと思った。
立派な姿で式に出るということは、翼自身にとって大いに意味のあることだった。それは、それまでの人生で何も背負うものを持っていなかった翼が、僕の想いを背負った瞬間だった。
「偉かったな。」
6年の歳月が経ち、結婚し、子どもにも恵まれ、己の器の小ささも全部受け入れた僕の心からの言葉だった。
~ 完 ~