2010年3月12日。妻の大学時代の後輩から一通のメールがあった。彼女の友人が、このたび奨学金を得て一年間アメリカに学びに来ることになり、行く場所や学ぶことを具体的に決めるにあたって相談にのってもらえないかということだった。その「友達」というのが全盲の和太鼓奏者、片岡亮太君だった。
彼のブログを見た妻が感銘を受けメールしたところ、早速返信があった。「何とかしてあげたいんだけど」と言いながら見せられたそのメールに、僕自身も何か大きなエネルギーを感じ、自分にやれることは何でもしようと決意したのだった。
この場を借りて少し彼の紹介をしたい。
片岡亮太君、26歳。生まれつき弱視だったが、10歳で完全に視力を失った。その後、静岡の盲学校に編入。そこでの太鼓と出会いによって人生が大きく変わった。東京の全寮制の高校を経て、上智大学文学部社会福祉学科入学。勉強の一環として訪れた様々な福祉施設で、盲目という障害を抱える社会的弱者である自分に対して、多くのご老人や障害を持っている方々が心を開いてくれることに気付き、自分にしかできないことの可能性を実感し、勉強に励んだ。気付けば同学科を首席で卒業していた。その後、全盲にて和太鼓奏者、そして社会福祉士である自分だからこそ伝えられるメッセージと音楽があるのではという想いから、プロの和太鼓奏者としての道を進むことを決意。現在は日本中で活躍している。
10月30日、その亮太君が我が家にやって来た。来年1月から僕の通うコロンビア大学ティーチャーズカレッジ(TC)にて科目履修生として入学することが決まり、下見のための訪問だ。
運が良い…というのはおかしいのかもしれない。今回、彼の留学のために、本当に多くの人たちが動いてくれた。僕が所属する学部の教授たち、Office of International Study Servicesの人たち、TCそしてその他の大事な友人たち、太鼓繋がりの先輩夫婦、こっちで新しく出会った人々…。皆、彼の生き方に共感した人々だと思う。滞在中、何か信じられない幸運に出会うたびに、「今までの生き方は間違ってなかったね」と彼に言ってきた。ぼくたち家族にとっても、彼のおかげで様々な人々の優しさに触れた2週間だった。
しかし、それらの人たちの協力で、彼にとって本当に贅沢で密の濃い2週間となった。TCの日本人留学生の皆さんの協力を得て、彼の訪問前には「片岡亮太君を応援する会」なるものを立ち上げてあったのだが、彼のウェルカムパーティーには約25名もの人々が参加してくれた。それ以外にも、様々な人たちが忙しいスケジュールの合間を縫って、交代ごうたいで彼のガイドを務めてくれた。TCでの授業見学、教授との面接、図書館での勉強、チャイナタウン見学、TC和太鼓愛好会の練習参加、そこでのパフォーマンス、NYマラソンでの彼らとのコラボ、ハーレムでのゴスペルやジャズの殿堂であるブルーノートでの音楽鑑賞、ブロードウェイでのミュージカル見学、NY在住日本人による子どもたちのプレイグループへの参加、視覚障害者施設や音楽療法センター見学とそこでのジャムセッション、メトロポリタンミュージアム見学、セントラルパークやコロンビア大学散策、アッパーウェストサイドでのディナー、本場ニューヨーカー宅でのホームステイ…。そして、帰国前夜にはTCのInternational Education Weekというイベントのレセプションでとりを務め、人々からstanding ovationを受けた。今回様々な形で支援して下さった多くの方々も応援にいらして下さっており、フィナーレとしてふさわしい、華々しい最後だった。その時の演奏はこちら。
そして、帰国前日、彼から応援してくれた人たち宛てにありがとうのメールが届いた。
12日金曜日から二泊三日のDallasでのスケジュールも無事に終え、いよいよ僕の短期NY滞在ももうすぐ終了です。来年一月には帰ってくるとはいえ、寂しい気持ちを隠しきれないのが正直なところです。本当にあっという間、もないほどに、凝縮された濃密で充実した、素敵な時間をすごさせていただきました。TCで学んでおられる方たちはもちろんのこと、それぞれに皆さんがお忙しい日々をすごしているにもかかわらず、僕にお力を貸してくださったおかげです。本当にありがとうございました。心から感謝しています。本日7時から、TCのGrace Dodge Hall (GDH) 179で行われるイベントでの演奏で(僕は20時半くらいの演奏の予定です)、皆さんへの思い、今ここにいられることの幸せを音にこめたいと思っています。お時間がおありな方はお聞きくださるとうれしいです。
今年2月、ダスキンの奨学金に合格し、どんなチャレンジをしようかと考え、「音楽家であり、障害や福祉についてのメッセンジャーでもある存在でいるために、改めて勉強をしたい」と考え出したことからはじまった新たな歩み。大学時代の友人を通して大裕さん、琴栄さん夫妻と出会わせていただき、Teachers Collegeで障害学を学ぶチャンスを得られたことは、信じがたいほどの偶然の重なりの結果でした。けれど、そのことを心からありがたいと思う反面、話が進めば進むほど、僕の心には、大きなチャレンジが具体性を帯びていく中で生まれる、さまざまな不安が影を落としていました。
「英会話が得意ではない、大学卒業後は学問にほとんど触れていない、外国も一度しか行ったことがない…、そんな自分に一年間もアメリカでの生活なんてできるのか?でも、奨学金をもらうのだし、自分は何かを伝えていく使命があるはずなのだからがんばらなくてはいけないんだ。」そのような自問自答を何度も繰り返しているうちに、僕の心は自由さを失ってがんじがらめになっていました。何もかもが怖くなってしまい、身動きがとれない日もありました。
そんなとき、大裕さんからのメールで、皆さんが僕をサポートするために手を上げてくださっているという連絡をいただいたのです。想像もしていなかった出来事に、うれしい気持ちと感謝の気持ちがあふれ、胸が熱くなりました。今も、あのときの不安と、今回皆さんがくださったたくさんの暖かさを思い出すと目が潤んでしまいます。皆さんに伝えるべき感謝の言葉がうまく見つけられないほど、心からありがたく思っています。あのときから、僕の心にはまた大きなエネルギーが戻ってきました。
こちらに来る直前に、奈良市内にある中学校で公演をさせていただきました。「道を進む」と題し、太鼓の演奏と僕の話を聞いてもらうというものでした。その準備として、中学生に何を伝えたいのかについて考えていた際、改めて僕が歩んできたこれまでの道のりを思い起こしていました。そして、僕が見てもらいたいこと、伝えていきたいことは、「生きていることの尊さと喜び」なのだということに気づきました。
弱視で生まれ、絵を描く喜びに目覚めた10歳のときに失明し、どうしようもない悔しさや絶望に近い感情を知りました。生きることを止めてしまいたいと思ったこともありました。けれど、11歳で太鼓に出会えたころから、僕の心に新たな光がさし、たくさんの喜びに触れ、たくさんの出会いを経験し、すばらしい出来事を全身で味わうことができる人生をこれまで歩んでこられました。そして、今新たなチャレンジとしてアメリカという大きな舞台に足を進めようとしています。当然、一筋縄ではいかないこともありましたし、それはこれからも同じだとは思います。けれど、それも含めて、「楽しい」と胸をはれる今があることは、間違いなく僕がずっと行き続けてきたからです。生きていればもちろんつらいことにも出会うけれど、最高の幸せにも出会える。小中学生が生きていることをやめてしまう今、僕に伝えられることは、生きることは無限の可能性に満ちているということ、それを言葉だけでとどめないために、僕自身がすべてを楽しんでこれからも生きていきたい。障害学を学ぶことは、使命ではなくて、僕が片岡亮太という人生を楽しむ大きなエッセンスなのだと今は考えています。だからこそ、真剣に取り組もうと強く思っています。
「生きているって楽しい」というメッセージを伝えていきたいと考えながらすごしたNYでの短期滞在は、輝きに満ちていました。知らなかったこと、知ろうとしていなかったことにたくさん出会えました。皆さんとお話させていただいた言葉の一つ一つが僕の心を楽しくしてくれました。その中で、「片岡亮太はこういう人間だ」とか、「自分の演奏はこういうものでなければいけない」など、気づかないうちに重ね着をしてきたこだわりという服に気づき、それらを脱ぎ捨てることで何もかもを楽しみ、その楽しさをまっすぐに表現したいと考えている自分の心の核の存在を今まで以上に強く意識することができたように思います。「自分の内側を耕してきたい」とダスキンの面接の際に話していたのですが、心の核を覆っていたたくさんのものに気づくことができた今、耕す準備ができたと思っています。一月からの学びのスタートを前に、このような状体に自分を持ってくることができたことを、心からうれしく思います。皆さんが、お忙しい中僕をさまざまなところにガイドしてくださったこと、TC内でお声がけくださったこと、素敵な時間をアレンジしてくださったこと、さまざまな言葉をくださったこと、すべてに感謝しています。ありがとうございました。
滞在中にすばらしい条件のアパートも見つけることができ、最高のコンディションで一月からのスタートに備えられます!明日帰国し、再びこちらに戻ってくるまでの時間も、たっぷり楽しんで、いよいよ始まるチャレンジを端から端まで楽しく味わいつくす準備をしてきます!ぜひ来年TCなどで僕を見つけてくださったときには、声をかけていただけるとうれしいです。そして、たくさんお話させていただければ幸いです。
長文にて失礼をしました。NYはこれからどんどん寒くなることと思います。どうかご自愛ください。約二週間、本当にお世話になりました。これからもよろしくお願いします!!
心からの感謝を込めて
亮太
溢れる想いというのは、こういうことを言うのだと思う。帰国前夜、出発の数時間前まで彼と酒を飲んで語っていた時、前回紹介した『第五の山』のquoteを思い出していた。
心に聖なる炎を持つ男や女だけが、神と対決する勇気を持っている。そして彼らだけが、神の愛に戻る道を知っている。なぜならば、悲劇は罰ではなくて挑戦であることを、彼らは理解しているからである。生きることの喜びを伝える亮太君のメッセージと太鼓は、きっと多くの人々の心に響き渡ることだろう。
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