2014年5月30日金曜日
世界で拡大するPISA批判の署名運動
OECD(経済協力開発機構)が3年ごとに実施するPISA(学習到達度調査)。今日では、日本でも、「PISAショック」や「PISA型学力」などの言葉で広く知られるようになった。しかし、回を重ねるごとに拡大する、世界の公教育に及ぼすその影響力に警鐘を鳴らす署名運動が、今、世界中の教育者達の注目を集めている。
4月中旬から始まったこの署名運動は瞬く間に広がり、署名用に英語で書かれた手紙は、既にドイツ語、中国語、スペイン語、そして日本語に翻訳されており、イギリスのガーディアン紙やGlobal Policy、日本の共同通信など、世界のメディアもこのPISA批判の署名運動を取り上げている。
署名者は1ヶ月で1600人以上。(ちなみに、Meyer氏出身地でもあるドイツでは、賛同者らが独自のウェブサイトを立ち上げ、そちらだけでも3000人以上の署名が集まっている。)しかも、この署名者の顔ぶれが凄い。
日本ではどれだけ知られているか不明だが、アメリカの教育学者だけでも、
Diane Ravitch(ニューヨーク大学)、David Labaree(スタンフォード大学)、Nel
Noddings(スタンフォード大学)、David Berliner(アリゾナ州立大学)、
Aaron Pallas(コロンビア大学)などの大御所が並び、NYの公立学校の校長としてユニークな教育運動を展開するCarol Burris博士や、親の立場から市民教育運動を組織するJeanette Deutermann(テストボイコット運動)とLeonie
Haimson(少人数制運動)、そして知識人として世界的に著名なNoam Chomsky(マサチューセッツ工科大学)をも含む、実に幅広い層の支持者を集めている。
アメリカだけではない。カナダのHenry Giroux(マクマスター大学)、中国出身のZhao, Yong(オレゴン大学)、ルクセンブルグのGert
Biesta(ルクセンブルグ大学)、イギリスのStephen Ball(ロンドン大学)、そして日本でも文京学院大学の木村浩則教授や東京大学大学院の勝野正章教授を始めとする教育学者や学生、そしてジャーナリストらが賛同している。
この署名運動の発端は今年4月初旬のアメリカ教育研究学会(AERA)。PISAのディレクターのアンドレアス・シュライヒャー(Andreas Schleicher)氏がスピーカーとして呼ばれたセッションで、数人の学者がPISAへの懸念を表した。きちんと議論をした上で、PISAの在り方を問い直すきっかけとなればとのことだったが、シュライヒャー氏はそれらの批判とまじめに向き合おうとはしなかった。
ならば、ということで始まったのがこの署名運動だ。
発起人は二人の教育博士、Heinz-Dieter Meyer(ニューヨーク州立大学アルバニー校准教授)とKatie Zahedi (ニューヨーク州Red Hook 市立Linden Ave中学校校長)だ。Katieと私は、アメリカで進む公教育崩壊の動きに対抗する市民教育運動の同志でもあることから、私もこの運動のお手伝いをすることになった。ちなみに、以下の邦訳は、児島功和氏、中村清二氏という二人の研究者が中心になってやって下さった。
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経済協力開発機構 教育局次長 アンドレアス・シュライヒャー博士へのオープンレター
親愛なるシュライヒャー博士
私たちはOECD(経済開発協力機構)の実施するPISA(国際学習到達度調査)のディレクターという立場にある貴方にこの手紙を書いています。13年目を迎えたPISAは、15歳段階にある児童の数学的リテラシー、科学的リテラシー、読解力を計測することでOECD加盟国と非加盟国(一番最近のものでは60ヶ国以上)を順位づける道具として、世界中で知られてきました。調査の行なわれる3年ごとに、政府や教育を担当する大臣、新聞社の論説委員会はその結果に神経をとがらせ、多くの政策文書にその結果は権威をもつものとして引用されています。PISAの結果は、多くの国々で、教育実践に強い影響をもたらしてきました。PISAの結果を受けて多くの国々は自分たちの順位をあげることを目指し、教育システムの徹底的な見直しを行なっています。PISAで順当な結果がでないと、多くの国々で教育危機が叫ばれるとともに“PISAショック”と呼ばれる事態を引き起こし、PISAの勧告に基づく大規模な改革や(関係者の)辞任を求める事態になりました。
率直に申し上げて、私たちはこうしたPISAの順位づけがもたらすネガティヴな結果に懸念を抱いています。理由は以下のとおりです。
何十年もの間、多くの国々では、妥当性や信頼性が疑問視されながらも規格化された共通テストが実施されてきましたが、PISAはそうした流れを更に加速させ、量的に計測されるものへの依存度を劇的にあげました。例えばアメリカでは、PISAは近年の“トップへの競争(Race to the Top)”プログラムを正当化するための主たる根拠としてもちだされています。このプログラムは、生徒、教師、行政担当者を評価するために共通テストの利用を増加させ、また不十分なもの(例えば、順位表のトップであったフィンランドの説明のつかない凋落を生み出したもの)として広く知られたテスト結果に従って、生徒や教師、そして学校管理職をも順位づけ、不当なレッテルを貼るものです。
教育政策に目を向けると、教育実践における変更が成果へと結びつくにはわずか数年ではなく何十年もかかることを示す研究があるにもかかわらず、3年おきにPISAが実施されるため、参加国がすぐに順位をあげられるような短期的に行える制度変更にばかり関心が集まってしまう事態を引きおこしました。例えば、私たちは、教師の地位と教えることの専門職としての威信は、教えの質に強い影響を与えることを知っていますが、同時に教職の地位は文化によって様々で、それは短期間の政策によっては容易に影響を受けないことも知っています。
PISAの結果が教育の計測できる狭い面だけを強調することにより、身体的、道徳的、市民的、芸術的な発達といった計測し得ない、または計測の難しい教育対象から関心が離れてしまい、それゆえに教育とは何であり、教育はどうあるべきかについての私たちの集団的想像力を危険なほどに狭ばめてしまいました。
OECDは元々経済に関する国際機関であることから、公立・国立校の経済的役割に重きを置くというバイアスを持っています。しかし、民主的自治への参加、道徳的行為、生涯を通しての個人の発達や成長や健康で幸せな生活に備えなくてはならない公立学校にとって、若い男女がもうかる仕事に就けるよう備えることが唯一の役割であるわけではなく、主要な役割でさえありません。
世界中の教育や子供の命や生活をよくするための明確な権限をもっているUNESCOやUNICEFのような国連関連の機関とは異なり、OECDはそのような権限を持っていません。また現在のところ、OECDの教育の意思決定プロセスには、効果的な民主的参加のメカニズムもないのです。
PISAとそれに関する多数のフォローアップサービスを実行するため、OECDは “公共・民間パートナーシップ”を熱心に受け入れ、多国籍営利企業と提携してきました。それらの企業は、PISAによって明らかになった問題点、あるいは問題点と「みなされた」点を解決するという名目で利益を得ており、アメリカの学校や学区に、大規模かつ営利の教育サービスを提供しています。また一方で、OECDがPISAの導入を計画しているアフリカでは営利団体による初等教育システムの開発計画も進行しています。
最後に最も重要なことは以下の理由です:PISAによる新しい支配体制は、継続的かつ周期的な国際テストのために、より多くの時間が選択式のテスト対策に割かれ、よりPISAに特化した「業者」製の授業内容が増え、教師の自主性を奪い、子どもたちや教室に悪影響をもたらし、教育を貧しくさせています。このようにPISAは、学校においてすでに高いストレスレベルをさらに上昇させ、私たちの子どもや教師の心身の健康を危険にさらしているのです。
こういった展開は、広く受けいれられている良き教育と民主的な実践の原則との明白な摩擦を引き起こしています:
影響力を持ついかなる改革もたった一つの狭い尺度の基準にのみ依拠するべきではありません。
いかなる重要な改革も、非教育的要因の重い役割を無視してはなりません。中でも国の社会経済的不平等は最も重要な要因です。アメリカを含む多くの国々では、不平等は過去15年の間に劇的に拡大しており、それゆえ、教育改革がどんなに周到なものであってもバランスのとれた状態を取り戻せないほどの、豊かな層と貧しい層の間の教育格差が広がったのです。
私たちのコミュニティの生活に深い影響を与えるあらゆる機関と同様にOECDのような機関は、そのコミュニティのメンバーによる民主的アカウンタビリティに対して開かれたものであるべきです。
私たちは欠陥と問題を指摘するためだけに書いているわけではありません。私たちは上述した問題点を改善するための建設的なアイデアと提案を行ないたいと思います。完全なものではないかもしれませんが、このアイデアと提案は、上述のネガティブな結果を招かないような、よりよい学びを示すものです:
1 順位表に代わるものを発展させる:アセスメントの結果を周知するうえで、より意味があり、かつ扇情的に扱わない方法を探究すること。例えば、15歳児が当然のように児童労働に従事させられている発展途上国と先進国を比較することは、教育的にも政治的にも理にかなわず、OECDを教育的植民地主義の罪に晒します。
2 関係する有権者と学問的知識が関与できる余地をつくる:現在まで、国際的な学びに関する評価に最も大きな影響を与えているグループは心理測定の専門家、統計の専門家、経済学者です。他の多くのグループもそこに参加させたらどうでしょう:親たち、教師、行政担当者、コミュニティリーダー、生徒、そして人類学、社会学、歴史、哲学、言語学、芸術や人文学の学者等です。15歳の生徒の教育の何をどのように評価するのかは地域、国、国際レベルでの全てのグループを含む議論の主題となるべきです。
3 アセスメントの方法や基準を作る際、公教育の経済的側面をこえて、生徒や教師の健康、人間としての発達、福祉、幸福に関連するミッションをもつ国の機関や国際的な機関を含むこと。例をあげると、教師や親、学校管理職らの団体だけでなく、上述の国連の機関を含む。
4 参加国の納税者がこのテストにかかっている何億円もの費用を慎重に検討し、このテストへの参加を継続するか否かを決定できるように、PISAの実施にかかっている直接的・間接的コストを公表する。
5 テスト形式や採点や統計に関する手続きにバイアスがなく、公正に比較が実施されるように、企画段階から実施段階までPISAの運営を観察できる独立した国際的監視チームの設置。
6 利害衝突を避けるために、三年ごとのPISAのアセスメントを準備し、実行し、フォローアップする営利企業の役割について詳細な説明を提供すること。
7 テスト結果の判断を性急に行なわないこと。地域、国、国際レベルでここであげた問題点を議論するための時間を確保するために、予定されている次のPISAのサイクルを飛ばすこと。このことは、改善された新しいアセスメントモデルから得られる考えから生じるであろう、集団的な学びを組み込むための時間をもたらすでしょう。
私たちはPISAの専門家らが、教育を改善するため、真摯な気持ちに突き動かされていることと存じます。しかし、OECDが世界中の教育の目的とその方法のグローバルな権威となっている現状には理解に苦しみます。OECDの規格化され共通化されたテストへの狭い焦点は、学びを単調な仕事にし、学ぶことの喜びを殺す危険にさらしています。PISAが多くの政府を高いテスト順位を求めるための国際的競争に巻き込むにつれて、OECDは自身の目的の必要性もしくは限界を議論することなく、世界中の教育政策をつくる権力を請け負いました。私たちは、教育の伝統や文化がもつかけがえの無い多様性を単一で、狭く、偏った尺度を用いて測定することが、最終的に、私たちの学校や生徒たちに取り返しのつかない悪影響を及ぼすということに強い懸念を抱いているのです。
Andrews, Paul Professor of Mathematics Education, Stockholm University
Atkinson, Lori New York State Allies for Public Education
Ball, Stephen J Karl Mannheim Professor of Sociology of Education, Institute of Education, University of London
Barber, Melissa Parents Against High Stakes Testing
Beckett, Lori Winifred Mercier Professor of Teacher Education, Leeds Metropolitan University
Berardi, Jillaine Linden Avenue Middle School, Assistant Principal
Berliner, David Regents Professor of Education at Arizona State University
Bloom, Elizabeth EdD Associate Professor of Education, Hartwick College
Boudet, Danielle Oneonta Area for Public Education
Boland, Neil Senior lecturer, AUT University, Auckland, New Zealand
Burris, Carol Principal and former Teacher of the Year
Cauthen, Nancy PhD Change the Stakes, NYS Allies for Public Education
Cerrone, Chris Testing Hurts Kids; NYS Allies for Public Education
Ciaran, Sugrue Professor, Head of School, School of Education, University College Dublin
Deutermann, Jeanette Founder Long Island Opt Out, Co-founder NYS Allies for Public Education
Devine, Nesta Associate Professor, Auckland University of Technology, New Zealand
Dodge, Arnie Chair, Department of Educational Leadership, Long Island University
Dodge, Judith Author, Educational Consultant
Farley, Tim Principal, Ichabod Crane School; New York State Allies for Public Education
Fellicello, Stacia Principal, Chambers Elementary School
Fleming, Mary Lecturer, School of Education, National University of Ireland, Galway
Fransson, Göran Associate Professor of Education, University of Gävle, Sweden
Giroux, Henry Professor of English and Cultural Studies, McMaster University
Glass, Gene Senior Researcher, National Education Policy Center, Santa Fe, New Mexico
Glynn, Kevin Educator, co-founder of Lace to the Top
Goldstein, Harvey Professor of Social Statistics, University of Bristol
Gorlewski, David Director, Educational Leadership Doctoral Program, D’Youville College
Gorlewski, Julie PhD, Assistant Professor, State University of New York at New Paltz
Gowie, Cheryl Professor of Education, Siena College
Greene, Kiersten Assistant Professor of Literacy, State University of New York at New Paltz
Haimson, Leonie Parent Advocate and Director of “Class Size Matters”
Heinz, Manuela Director of Teaching Practice, School of Education, National University of Ireland Galway
Hughes, Michelle Principal, High Meadows Independent School
Jury, Mark Chair, Education Department, Siena College
Kahn, Hudson Valley Against Common Core
Kayden, Michelle Linden Avenue Middle School Red Hook, New York
Kempf, Arlo Program Coordinator of School and Society, OISE, University of Toronto
Kilfoyle, Marla NBCT, General Manager of BATs
Labaree, David Professor of Education, Stanford University
Leonardatos, Harry Principal, high school, Clarkstown, New York
MacBeath, John Professor Emeritus, Director of Leadership for Learning, University of Cambridge
McLaren, Peter Distinguished Professor, Chapman University
McNair, Jessica Co-founder Opt-Out CNY, parent member NYS Allies for Public Education
Meyer, Heinz-Dieter Associate Professor, Education Governance & Policy, State University of New York (Albany)
Meyer, Tom Associate Professor of Secondary Education, State University of New York at New Paltz
Millham, Rosemary PhD Science Coordinator, Master Teacher Campus Director, SUNY New Paltz
Millham, Rosemary Science Coordinator/Assistant Professor, Master Teacher Campus Director, State University of New York, New Paltz
Oliveira Andreotti Vanessa Canada Research Chair in Race, Inequality, and Global Change, University of British Columbia
Sperry, Carol Emerita, Millersville University, Pennsylvania
Mitchell, Ken Lower Hudson Valley Superintendents Council
Mucher, Stephen Director, Bard Master of Arts in Teaching Program, Los Angeles
Tuck, Eve Assistant Professor, Coordinator of Native American Studies, State University of New York at New Paltz
Naison, Mark Professor of African American Studies and History, Fordham University; Co-Founder, Badass Teachers Association
Nielsen, Kris Author, Children of the Core
Noddings, Nel Professor (emerita) Philosophy of Education, Stanford University
Noguera, Pedro Peter L. Agnew Professor of Education, New York University
Nunez, Isabel Associate Professor, Concordia University, Chicago
Pallas, Aaron Arthur I Gates Professor of Sociology and Education, Columbia University
Peters, Michael Professor, University of Waikato, Honorary Fellow, Royal Society New Zealand
Pugh, Nigel Principal, Richard R Green High School of Teaching, New York City
Ravitch, Diane Research Professor, New York University
Rivera-Wilson Jerusalem Senior Faculty Associate and Director of Clinical Training and Field Experiences, University at Albany
Roberts, Peter Professor, School of Educational Studies and Leadership, University of Canterbury, New Zealand
Rougle, Eija Instructor, State University of New York, Albany
Rudley, Lisa Director: Education Policy-Autism Action Network
Saltzman, Janet Science Chair, Physics Teacher, Red Hook High School
Schniedewind, Nancy Professor of Education, State University of New York, New Paltz
Silverberg, Ruth Associate Professor, College of Staten Island, City University of New York
Sperry, Carol Professor of Education, Emerita, Millersville University
St. John, Edward Algo D. Henderson Collegiate Professor, University of Michigan
Suzuki, Daiyu Teachers College at Columbia University / Co-founder, Edu4
Swaffield, Sue Senior Lecturer, Educational Leadership and School Improvement, University of Cambridge
Tanis, Bianca Parent Member: ReThinking Testing
Thomas, Paul Associate Professor of Education, Furman University
Thrupp, Martin Professor of Education, University of Waikato, New Zealand
Tobin, KT Founding member, ReThinking Testing
Tomlinson, Sally Emeritus Professor, Goldsmiths College, University of London; Senior Research Fellow, Department of Education, Oxford University
Tuck, Eve Coordinator of Native American Studies, State University of New York at New Paltz
VanSlyke-Briggs Kjersti Associate Professor, State University of New York, Oneonta
Wilson, Elaine Faculty of Education, University of Cambridge
Wrigley, Terry Honorary senior research fellow, University of Ballarat, Australia
Zahedi, Katie Principal, Linden Ave Middle School, Red Hook, New York
Zhao, Yong Professor of Education, Presidential Chair, University of Oregon
署名はこちらからお願い致します。
2014年5月21日水曜日
失態だらけの校長公募制度について一言
昨日、Facebookでこんなニュースを目にした。
(毎日新聞 2014年5月21日)
「全国公募で民間から採用された大阪市立小学校の男性校長(51)がPTA会費を持ち出すなど、ずさんな現金管理をしたとして内部調査を受けていた問題で、市教委は20日、この校長を更迭する方針を固めた。山本晋次教育長はこの日の市議会で「校長が長期間、休んでいて、著しく校務に支障が出ている」と説明した。大阪市の民間人公募校長の更迭は2人目。」
民間からの公募校長...。
企業で実績を残した民間人を校長として迎え入れれば学校が良くなるだろうといった、いかにも新自由主義的な、シンプルで、短絡的な考えだ。
そんなんで教育が良くなると人々が思っているうちは、教育が良くなることはまずない。
これは、先日の投稿で書いた学校選択制の導入と同じで、教育原理を無視し、子どもを使った社会実験と言っていい。運悪くこのような校長の学校に入ってしまった子どもたちは、いったいどうなるのだろう。誰が後始末をするんだ?
私たちの子どもたちが日々学ぶ機関のトップに、なぜ子どもと教育のプロである「教育者」ではなく、「マネージャー」を入れたがるのか、理解に苦しむ。でもきっとそれは、教育を知らなくても、また子どものことを理解できなくても学校を運営できてしまう程、今の教育が貧弱化していることの裏返しなのだろう。
プロにしか務まらない学校を創ることに没頭することこそが、今の我々に求められていることなのではないのか。
いずれにせよ、民間人校長の公募は既に珍しくもなくなってきている。前回書いた、新人教員研修の塾へのアウトソーシングと同様、日本の公教育における新自由主義拡大が見て取れる。このような些細なところから、我々の感覚は徐々に麻痺して行くのだ。
記事には、以下のように、大阪市でこれまで起こった公募校長による不祥事の表が掲載されていた。
この件に関してはあまりフォローしていなかったので、こんな大問題になっていたとは知らなかった。この記事に関するツイッターを見たら、「またか」という感想が非常に多かったのが印象的だった。
同時に、一つ気になったことがある。
それは、人々のつぶやきの中に、校長公募制にこだわってきた橋下市長の責任を問う意見があまり見られなかったことだ。
冒頭に紹介した記事にはこう書いてある。
「大阪市の公募校長は、昨年春以降、セクハラや職場離脱、教職員とのトラブルで市教委に処分などを受けたケースや、着任から間がないのに自主退職をしたケースなど問題が相次いでいる。
(中略) 校長公募は元々、橋下徹市長(大阪維新の会代表)の公約でもあり、市は来年度に採用する公募校長の研修関連経費約2800万円を開会中の市議会に提案した補正予算案に計上。しかし野党会派の反発は強く、今回の更迭は議会審議に影響を与えそうだ。」
思えば、教育委員会制度改革を主張する中、教育委員会の「無責任体質」を批判し、責任の所在を明らかにすることを訴えた橋下氏。我々はもっと、教育を間違った方向に導いている政治家に対して責任を追求するべきではないのか。
ルクセンブルク大学のGert Biesta(2009)がEducation between Accountability and Responsibilityという論稿で、非常に興味深いことを言っている。
新自由主義教育改革において繁栄するアカウンタビリティーの文化は、「学校」と「市民」の関係を非政治的にし、「教育サービス提供者」と「教育消費者」の経済的な関係へと変えてしまうと言うのだ。
この新たな経済的な関係では、消費者となった我々は、支払う税金に見合う教育が提供されているかに関してしか口を出せず、「何を子どもたちに教えるべきか」とか「何を教育の目標とするのか」などという、教育の根幹に関わる政治的なことには口を出せなくなる。そうなれば、声を失った我々は、国家の描く教育のビジョンを受け入れざるを得なくなる。
これは先日、NY市の新自由主義教育改革に反対する集会で行ったスピーチでも言ったことだが、我々はまず、「教育市場」における「教育消費者」に格下げされることを拒むことからはじめなくてはいけない。
「市民」にこだわることだ。
新自由主義の期待に沿って、税金に見合う教育「成果」を教員や学校に求めるのではなく、民主主義社会を形成する「市民」として、より核心的なことを政治家たちに求めなくてはならないのだと思う。
教育の複雑さとしっかりと向き合うこと
社会のニーズだけでなく、子どものニーズにしっかりと耳を傾けること
子どもと教育のプロを各学校、各教室に配属できるよう努めること
そのために、資源を惜しまず、教員を魅力ある仕事にすること
彼らが教育の専門家として能力を発揮できるよう、できる限りのサポートを提供すること...。
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