あの晩、僕と丸は、8年の歳月を越えて、色々な話をした。焼酎を飲みながら。
入ったのは丸が馴染みの焼き鳥屋。22歳になった丸の渋いチョイスが妙に嬉しかった。
話しながら、僕は初めて丸と会話しているような気がしていた。なんでもっと早くこういう風に会話できなかったのか…。苦笑いをするしかなかった。
あの晩一つ、気付かされたこと。それは丸の抱えていた孤独だった。
丸は、2年生のある日、ふと気付いたそうだ。
「一人ぼっちだな。」
丸の孤独は、ある意味必然だった。それは、自分だけの世界を持った一流の子、そうでない子の違いから生まれるものであって、きっと中学生の福原愛ちゃんやイチローも経験した孤独なのだと思う。
丸は、周りの中学生には理解できないプレッシャーや悩みと一人で闘っていた。
それは、2年生にしながら関東でも強豪の剣道部のレギュラーを張り、そのチームを間もなく任されるアスリートとしての重圧に加え、友達にも言えぬほどの貧困の中で生きる彼女の家庭環境があった。
丸の家は、母に兄一人という母子家庭だった。もちろん僕もそれは知っていたが、丸の家がどこまで貧しかったかは知らなかった。
家には食べ物もろくになかったという。その頃から、夜遅くまで働く母親に代わって、丸が料理も洗濯もしていた。ただ、運動会の日などのお弁当は、お母さんが自分で作ると言って聞かなかったそうだ。
そんなある日、お弁当のふたを開けた丸は、中を見て驚いたという。すぐに閉めたその弁当箱の中には、パンの耳だけがきれいに敷き詰められていたのだ。
その晩、丸に問い詰められたお母さんは、笑って答えたという。
「しょうがないじゃないの。あれしかなかったんだから。」
その、あっけらかんと答えるお母さんの姿を見て、丸は子どもながらに思ったそうだ。
「この人には勝てない。」
丸は、その時のことを振り返りながら僕に言った。
「だってあんな風に子どもに言われたら、ごめんねとか言うのが普通じゃないですか。それをあの人は笑って開き直れるんですからね。」
皮肉でも何でもなく、母の逞しさを心底尊敬する丸の姿を見て、僕は逆に丸のすごさを知った気がした。貧しくても、常に母親の愛情を感じながら育った丸の逞しさに、僕は唸らされる想いがした。
パンの耳がきれいに敷き詰められたあのお弁当…。丸は友達に見られないように、隠れて食べたという。
(続く…)
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