「俺の奥さんも連れてっていいかな。」
電話越しの翼がそう訊いた。 「奥さん」 と言う口調に初々しさが見られた。あの大バカだった翼が嫁さん同伴で来るのかと思うと、妙に感慨深いものがあった。
もちろんだと答え、翼にとって翌日仕事がない土曜日の夜に会うことになった。
夜8時。JR稲毛駅の改札で会った。
一目でわかった。背が伸び、少し大人になった翼と力強い握手をした。とてもいい笑顔をしていた。
後ろには高校生くらいに見える元気の良さそうな女の子。一緒にいる二人からは仲の良さが伝わってきた。歩きながら、お腹に赤ちゃんがいると教えてくれた。翼は嬉しそうだった。
行ったのは、JR稲毛駅近くにある 『くうひな』 という、僕が惚れ込み通い続けた店の大将が初めて自分で開いた飲み屋だった。あったのは3年ぶりくらいだが、しっかりと顔も名前も覚えてくれていた。予約した席に着くと自分の名前が筆で書かれた来店歓迎のカード。やはり心の通ずる店がいい。
「プロだな。やっぱり最後は人だよな。」
そんなところから会話は始まった。
6年の歳月は翼を変えていた。
今は塗装会社に勤め、最近になって現場の頭を任されたそうだ。
積み荷の確認も、部下に渡すお金の手配も、他の業者との段取りも全て自分でやらなければいけないこと。わからないことだらけで、最初は鬱病になりそうだったこと。初めて自分の甘さに気付かされたこと。今は19歳の新妻と安アパートで暮らしていること。2月は仕事がなくて生活が大変だったこと。そして、仕事で文書を書く機会が多くなったが、漢字が書けなくて恥ずかしいから本気で習いたいということ。そう笑顔で話す翼は、社会人の顔をしていた。
(続く…)
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