2010年7月29日木曜日

卒業式当日 ~ 翼6 ~

 いよいよ卒業式当日。

教室に現れた翼は、髪を黒くしてきちんと制服を身にまとっていた。これは、前夜の説得に失敗したと感じていた僕にとっては予想していないことだった。もう一つ、予期せぬ幸せが起こった。翼と同時進行で働きかけていた不登校だった女の子が意を決して登校したのだ。中学校生活最後となるこの日に、それまでほとんど揃うことがなかった我が3年B組は全員集合した。整列前からクラスの雰囲気は最高潮に盛り上がっていた。



 卒業式の練習の時から、自分の中で決めていたことがあった。一つは学級の生徒の名前を一人ずつ読み上げる時にマイクを使わないこと。もう一つは、呼名表を使わず、何も見ずに生徒の名前を呼ぶこと。簡単そうに聞こえるかもしれないが、これがそうでもない。便宜上ステージの両端に男女分かれて並ぶ生徒たちの名前を、卒業式という厳粛な場で出席番号順に正確に読み上げなければならない。男子が2人続くこともあれば、女子が4人続くこともある。生徒にとって一生に一度の中学校の卒業式において失敗は許されない。そんな不必要なことをやることが僕のクラスの子たちにとっての愛情表現だった。



 着々と式が進む中、翼はどんな気持ちでいるのだろう、と気になって翼を探した。



皆と変わらない服装で、小さくなって自分を押し殺している翼の横顔を見ると、僕の気持は晴れなかった。



 以前にも話したが、後で小関先生に、翼をちゃんとした格好で卒業式に参加させたのは偉かったと褒められたが、正直ピンとこなかった。きっとそれは、翼がきちんとケジメをつけてきたことに対して僕が感じたのは充実感よりも後ろめたさだったからだ。当時の自分にとって、翼をまともな格好で卒業式に出すということは、翼のためというよりも自分のためだったように思う。卒業式という披露の場において、自分のメンツを保ちたかったのだ。



 卒業式の翼は本当に偉かった。前日まで学校唯一の金髪であった翼は、完全に他の生徒に溶け込んでいた。皆と同じように座り、同じように礼をし、卒業証書を受け取った。あの空間に黒染めした翼がいたことに気付かなかった教員も少なくなかったのではないだろうか。



 僕自身のメンツを守るために犠牲になった翼に対して、僕は 「偉かったな」 というより 「悪かったな」 と感じていた。



 でもそれは間違っていた。そう教えてくれたのは21歳になった翼自身だった。

(続く…)

0 件のコメント:

コメントを投稿