2013年1月29日火曜日

「お前は人で生きてくんだ 」〜 ヨネ3 〜


 
予想通り、米倉が時間通り来ることはなかった。約束の少し前に、「先生、すいません。道路が混んでて。」との言い訳の電話が入った。

約束の時間から20分後、一台の車が勢い良くロータリーに入ってきて、勘でそれが米倉だとわかった。米倉は、俺の前で車を止めて、俺が乗ってくるのを待った。

乗ってきたのはレキサス。高級車だ。確か色はダークブルーだったと思う。

直感的に、ちょっと遊んでやろうと思った。

俺は、車体の低いその車の助手席の外に立ち、腰を折って 中をにらみ込んだ。

それを見て、 米倉が上目遣いで会釈をした。

俺は中に入らずに、一度離れてからじっくりと車を眺め、米倉と車を交互に睨んだ。眉をしかめ片目をつり上げ、でもどこか笑っている、小関先生特有の睨み方だ。

そのまま車の周りをぐるっと半周し、今度は運転席の側に立った。

俺が米倉の顔を外から覗き込むと、やり辛そうに窓を下げた。先生もういい加減乗って下さいよ、とでも言わんばかりだ。そして最後に、睨み込む俺の方を見て、目をくりっとさせて微笑んだ。

大丈夫。心の中でそう思い、車に乗った。

新車か、と訊くと、いえ、中古です、と答えた。それでも280万円したそうだ。

で?おまえ今何やってんの?と訊くと、意外な答えが返って来た。

「あいてぃーですね。」

「なに?」

「あいてぃーです。」

俺は思わず大笑いした。ひとしきり笑った後、米倉に言った。

「まさかおまえの口から「IT」という言葉が出てくるとは夢にも思わなかったなぁ。」

大笑いする俺を見て不安になったのか、今度は、

「先生、あいてぃーってインターネットのことっすよね。」と確認するように訊いてきた。

「ばか、インフォメーションテクノロジーだ」

「いんふぉ…。なんすか、それ?」

こいつ大丈夫かと心配になりつつ、話を進めた。

どうやらホームページなどを作る会社で営業の仕事をしているそうだ。しかも毎日スーツ姿で会社通いというのだから笑ってしまった。でも、営業は全部電話でやるという。

だったらスーツ来て会社行く必要ねぇだろ、と言うと、「いえ、用で他の会社の人が来ることもよくあるんで。」とあいつには似合わない、社会人らしいことを言っていた。

で、ちゃんとやってんのか、と訊くと、どうやら営業の成績はいいらしい。

おまえインターネットのことなんかわかるのか、と訊くと、自分はまったくやらないという。それで大丈夫なのかと訊くと、「全部電話だし」、口の前に手を持っていってグーパーしながら「こっちなんで大丈夫っすよ。」と、トークのうまさをアピールした。

確かに。回転は早いし、口が立つことは間違いない。どっちにしても、インターネットなどほとんどやらない米倉の口車に乗せられてビジネスを依頼する人々が滑稽に思えた。

「で、何でITなんだ?」と訊くと、米倉らしい、面白い話が出てきた。

数年前、元はと言えば俺が紹介した建築関係の仕事から足を洗い、キャバクラの客引きを始めたそうだ。そうしたらその仕事がハマり、売り上げはすぐにトップ。西船橋界隈の夜の町では米倉のことを知らない人はいないほどの有名人になったという。自分の誕生日の時なんかは、どこから聞きつけたか、大勢の客が来店し、さんざん飲ませてもらったそうだ。

「あ〜、なるほどな。」と俺は思った。キャバクラの客引きなんて米倉にはピッタリだ。あいつは人が好きだし、怖いもの知らずで誰彼かまわず、すぐにからみたがる。

どうせ相手に合わせて、あることないことペラペラしゃべりまくって店に連れ込むんだろう。客引きを天職としてあっちこっち活躍する米倉の姿が容易に想像できた。

お客の一人だったIT会社の社長に、その能力を買われて営業として引き抜かれたのはそんな時だったという。

そして、その会社の事業が少し右肩下がりになった時、社長がキャバクラの経営に興味を持ち、米倉に相談したそうだ。

儲かるのか、と訊かれ、表も裏も全部知っている米倉は、そんなのこうやってああやれば楽勝っすよ、と答えたという。

その言葉通り社長は実行に移し、これが成功。米倉はITの営業と同時にキャバクラ事業のコンサルを兼ねることになった。店も増え、新しくできた3店舗目では、運営を任されるという。

「お前は人で生きてくんだぞ、って先生いつも言ってたじゃないっすか。」

運転する米倉が、前を見ながらそんなことを言った。

「今になってそれがわかりますね。」 



(続く。)

2 件のコメント:

  1. 鈴木先生
    お久しぶりです。偶然先生のブログがあったので拝見しました。鈴木先生の担当ではありませんでしたが英語の授業でお世話になりました。社会人になって五年目になりますが仕事の中で英語で会話する機会があるので今になって真剣に英語の勉強に取り組んでいたらなぁと後悔しています。
    先生みたいな熱意があって生徒想いがある人が日本でも少しでも多く増えればいいですね。これからも頑張ってください。
    自分の名前を名乗るのは恥ずかしいので伏せさせてください。

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  2. 匿名さん、コメントどうもありがとう。よかったらdaiyu.suzuki[at]gmail.comにて近況教えてね。
    大裕

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