2009年10月25日日曜日

形にできない想いを乗せて⑥ ~空の青~



空よごめんよ


おまえを青としか呼べなくて


          
         2004年2月作

1 件のコメント:

  1. 大裕さんの詩、とても好きです。写真も。
    この詩は、その時の受け手側の気持ちによって、
    きっと響き方が違うね。
    この青の輝きに、未来を見据えたり。
    逆にこの写真の青がまぶしすぎて、苦しくなったり、
    今度の長い休みには、海に行きたいって思いはせたり…。

    この詩には、
    音楽はなくてもいいのかもしれないですね。
    CMとかもそうだけど、
    音調によって、受け手の気持ちが、
    誘導されたりすることもあるものね。

    以前にブログのコメントで、
    西洋的・東洋的って表現をしたけれど、
    ”色彩”にも東洋・西洋で色の表現が違うね。
    日本人の使う”青”(和色)と、
    外来語として”ブルー”は、違う色なんだよ。
    和色の青系には、瑠璃色(秘色)、群青、
    浅葱色、藍色、薄藍、天色、露草色…。
    色の表現なのに、ことばの響きがよくないですか?
    昔の人たちは、すごく繊細な表現をするよね。
    自分が今までに見たことがない色に出会ったら、
    きっと自分で色の名前をつくったんだろうね。

    またステキな詩、ブログに登場すること、
    楽しみにしています。

    以前のコメントへの返信として~、
    久松真一は、ユングとかの対談で、
    合わなかったところがあるみたいだけれど、
    接点を見出していたのは、
    やはり大正生まれで英訳本も20数冊ある鈴木大拙かな。
    大拙が90歳前後でエッセイとしてまとめている
    「東洋的な見方」も普段なんとなく感じているけれど、
    それは何なんだろう?って思う曖昧なものが、
    ちょっと腑におちたりできた本です。
    (それでも全てが理解できているわけではないですが)
    大拙は50年代にフロム(「生きることの意味」の執筆者)の招きで、シンポジウムをしたり、フロムの考え方って、大拙の影響あるのかなぁ~なんて想像してます。

    西洋的・東洋的は決して対立軸ではなく、
    結局根底は、同じところなんだと思います。
    だからヤナさんと大裕さんが、
    つながっているという感じも、
    もちろんうなずけます。

    長~いコメントでごめんなさい!

    AKI

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