2010年2月16日火曜日

「自由」 を捨てて自らを解き放つ Part IV ~ 型の内在化: 「枠」 から 「芯」 へ ~

 前回、 「守・破・離」 における型とは自分の行動、思考、信念を制限する 「枠組」 みではなく 「精神の芯」 であると書いた。ただ、修行を始めたばかりの者にとって、型とは 「枠組みではない!」 と言っても理解できないと思う。



  僕自身にとっても、小関先生から与えられた型を守ることは、最初は息苦しくて仕方なかった。小関先生の教えに学ぶことは自分で選んだ道だったが、理解できないことばかりで、言われる通りに従うだけだった。英語の授業をしていても、グランドで野球部の練習を指導していても、小関先生にどこからか見られているのではないかと、いつもビクビクしていた。



 当時の自分にとっては、型とはまさしく自分らしさや 「自由」 を制限する枠組みでしかなかった。しかし、何年目だったかは分からないが、枠組みがいつしか自分の 「芯」 へと変化していたのだ。きっと、毎日まいにち守り続け、先生の教えを刷り込まれるうちに、型が内在化された結果なのだと思う。

 

 自分の教えを振り返ると、僕が野球部の指導で達成できなかったのはこのステップだったのだと思う。枠を与えることはできた。しかし、それを生徒たちが内在化する所までは持って行けなかったがために、僕の意図する教えが彼らの心にまで浸透することはなかったように思う。だから、生徒たちはグラウンドでは礼儀正しくやっていても、練習以外の時間では服装を乱したり、少なくとも学校の敷地の中ではちゃんと教えを守れるようになっても、家に帰ると大会前でも怠惰な生活をしたりして本番で力が発揮できなかったりした。



 彼らのせいではない。自分が理解できていなかったのだ。

(次回: 「自由」 を捨てて自らを解き放つ Part V ~ 「守破離」 と宗教 ~)

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