2010年7月26日月曜日

15歳の翼 ~ 翼5 ~

 翼。僕にとって最も印象深い生徒の一人だ。比較的裕福なうちの学区において、翼のような複雑な家庭環境で育った子は珍しい。祖父が近くに住んでいたものの、基本的には10代の兄貴2人が親代わりをしていた。



 4人兄弟の3番目で、兄貴たちはうちの学校が千葉市で一番荒れていた時代の中心的人物として地元では有名だった。今でこそ何人もの部下を使う立派な塗装職人をしているが、当時は高校に行かず、地域の不良たちを束ねるような存在だった。



 翼はと言えば、背は小さいがキレると何をするかわからない、学年の目玉的存在だった。上の兄貴たちが中学時代も卒業後もデタラメ放題にやっていたので、翼自身、学校に来ることに意味すら感じていなかった。部活もやらず、勉強や進学にも興味を示さない翼の意識を学校に繋いでおくのは至難の業だった。



 今考えればよくわかる。一番の問題は、翼が何も背負っていなかったことだった。以前から、 「背負うこと」 というテーマで何度か書いてきたが、翼も、 「これだけは何がなんでも失いたくない」 という 「何か」 を持っていなかったのだ。部活でも、勉強でも、人間関係でも何でもよかった。一つでも、翼を引っ張れるものが必要だった。そして、本来なら翼に背負うものを持たせてやることが担任としての自分の急務だったのだ。当時の自分にはそれがわからなかった。



 人に譲れない何かを持っている人間は頑張れるものだ。例えば、もし翼が本気で何かのスポーツに取り組んでいたなら、その練習や試合を常に観に行き、監督と連携を密にし、生活の全てのことをそれに繋げるようにサポートしていけばいい。それを中心に会話をし、褒め、叱り、鼓舞することができたはずだ。翼は、自分がそのスポーツに懸ければ懸けるほど、他のこともがんばれただろう。



 でも、不幸なことに、翼にはそういうものが何一つなかった。 (後に、 「美容の専門学校に行きたい」 と言い出したが、それは3年生も終わりに近づいた時のことだ。) だから授業を聴かなくても、成績が悪くても、学校に来なくても、彼にとっては痛くもかゆくもなかった。



 背負うものを持ってないということは、失うものが無いということでもある。だから、翼は他の生徒がやらないようなことも平気でやるような子だった。



 まずは、学校で唯一、髪を染めていた。時間通りに登校することはまずなく、登校しても携帯電話を持参し、学校の中で一人だけ白のキャップをずっとかぶっていた。泊りがけの自然教室では、禁止されていた携帯電話を堂々と首から下げて来て、しまいには宿泊先で教頭を殴ってしまった。



 そんな中、担任だった僕はと言えば、21歳の翼も認めたように、彼にとっては眼の上のたんこぶのような存在だった。いつも監視し、勝手なことをやろうとする彼のことを追いかけ回した。



 最初は朝電話をかけたりだとか呼んで話をしたりだとか、ありきたりのことしかしてなかった自分だったが、翼のことに対して本気になればなるほど、僕の行動はより過激に、よりパーソナルになっていったように思う。毎朝のように家まで迎えに行ったり、兄貴と会って話をしたり、おじいちゃんを学校に呼んで話をしたり、授業時間中に駅前の松屋に一緒に行って朝飯を食わせたり、東京の美容専門学校に見学に連れて行ったり…。



 1年間はすぐだった。翼は翌年度から通信制の美容専門学校に通うことになった。3月に入ると連日、卒業式の練習が行われるようになった。翼は相変わらずだった。髪は金髪、帽子もかぶったままで、学校に来ない日も増えていた。


(続く…)

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