2010年7月23日金曜日

ずっとわからなかったこと ~ 翼2 ~

 以前も書いたように、小関先生にまともに褒められたことはほとんどない。



その数少ない中に、最初に担任させてもらったクラスの卒業式のことがある。



 問題の多い学年で、3年生に進級するにあたってクラス替えを要した学年だった。特にやんちゃな生徒が何人かいたが、その多くを教員2年目の自分がまとめて受けもつことになった。



 卒業式当日、クラス36人全員が揃うのかという、極めて初歩的な心配があった。しかし、ふたを開けてみれば、我が3年B組としては立派すぎる程の卒業式だった。



髪を金髪にしてさんざん学校をさぼっていた生徒も、その日だけは黒髪で式に出席し、数週間にわたる卒業式の練習ではさんざん周りに迷惑をかけていた生徒も立派な態度を貫き、それまでずっと不登校だった子も当日になって登校し、全員が晴れて卒業することができた。



 小関先生に褒めて頂いたのはその時だった。



   「あれは偉かった。」



 前回の投稿で、失敗ばかりの教員生活だったと書いたが、特に最初に持たせてもらった生徒には申し訳ないという気持ちしかない。教員にとって、最初に送り出した生徒というのは特別な想いがあるものだ。だからこそ僕にとっては、気持ちに伴わない自分の未熟な指導に対する自己嫌悪感もひとしおだった。

 

 そんな僕には、小関先生の言葉の意味がわからなかった。その後も、教員としての経験を重ねるに連れ、 「今だったらわかるだろ」 と小関先生に言われるようになった。でも、ずっとわからないで来た。



 もちろん、全員が揃って立派に卒業できたのは嬉しかったし、何人もが先生のクラスで良かったと言ってくれたのも嬉しかった。ただ、そこに至るまでの過程に対して自分の至らなさを痛感していた自分としては、複雑な気持ちだった。正直、最後だけ良くても、という気持ちも強かった。



 その子たちが、今年21歳になった。



 翼に会いたい、と僕は思った。会ってあの時のことを訊いてみよう。そんな想いで僕は受話器を手にした…。



(続く…)

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