2010年10月15日金曜日

答えのない問い

 このブログにもう何度も登場しているマキシン・グリーン(Maxine Greene)という一人の女史がいる。現在93歳でありながら自宅で授業を教え続ける教育界の巨匠だ。93歳と聞いてピンとこない人も、昔彼女がジョン・デューイ(John Dewey)の隣人だったと聞けばセンスがつかめるかもしれない。



 コロンビア大学Teachers Collegeで彼女ほど重要な人物はいないのではないだろうか。1年に一度か二度、何かのスペシャルオケージョンの時のみ大学に姿を現すが、その時は必ずそのイベントの主催者から、「今日は我らがマキシン・グリーンも会場に来てくれている」 と紹介を受ける。



 その彼女の自宅で、先日ミニコンサートがあった。彼女の授業を受けたミュージシャンの学生が発起人となって、ある晴れた日曜日の午後に行われた。



 僕も娘二人を連れて参加させてもらった。マキシンは、自宅にやってきた子どもたちを見てことのほか嬉しそうだった。



 ミュージシャンたちをソファーやイスで大人たちが囲む中、うちの子たちは最前列の床に陣取り、踊ったり手を叩いたり。下の美風は途中から熱くなって上半身裸になる始末。そんな子どもたちにマキシンはずっと暖かい視線を送っていた。



----------------------------------------


 2008年、僕が彼女の授業を受けていた際、彼女が繰り返し言っていた言葉がある。



“The most important questions are
those that are unanswerable.”


「最も大事な問いは答えのない問いだ。」



 教育政策、教育法と、様々な紆余曲折を経て哲学に戻ってきた今だから分かる気がする。マキシンは問いのない、一見安静な状態を恐れている。



 大切なのは答えを出すことではない。動き続けることだ。



 停滞の中から新しいものは生まれない。そして、進みゆく時代の中、止まることは死を意味している。


 人間は、時代から投げかけられる問いのみでなく、20世紀以上にも渡ってずっと格闘してきた問いと向かい合い、問い続けることによってのみ、人間であることを主張できる。


友人のSeungho、そしてMaxineと娘たち。



0 件のコメント:

コメントを投稿